-4-
 いつもと変わらず、静かな夜が更けていく。
 百合夜は、ハーブティを淹れていた。
 甘く、濃厚な薔薇の香り。
 百合夜が薔薇を選ぶのは、珍しい。
 百合夜はいつも、何事にも動じない母親だ。
 けれど時折、可愛らしく怒り、笑い、
 拗ねて、頬を膨らませる。
 ――その裏に抱えていたものを。
 この日、ほんの一瞬だけ、垣間見た気がした。
 百合夜は、静かにレヴィの前へカップを置く。
「今日は……ごめんなさい。
 取り乱してしまって」
 少しだけ間を置き――
「今、この生活が……とても楽しくて……。
 ありがとう」
 それだけを残し、百合夜は寝室へと消えた。
 カップの中、淡く揺れる薔薇の色。
 その縁には、小さくスミレの砂糖漬けが添えられている。
 温かい心。
 つつましい幸福。
 ――言葉にしない想いが、そこにあった。
 ひと口、含む。
 やわらかな甘さが、静かにほどけていく。
 レヴィはふと、テラスへ視線を向けた。
 そこに置かれた、小さな鉢。
 ビオラ。
 その名札には、大樹の字で――
 ――レヴィのお花
 拙く、けれどまっすぐな文字。
 レヴィの口元が、わずかに緩む。
 ふらりと訪れた庭。
 居心地がよくて、
 「出ていく」という選択は、いつの間にか消えていた。
 長い移ろいの中で、ほんの少し留まる場所。
 気が向けば、またふらりと――
 そう思っていた。
 けれど。
 あの手に、触れてしまった。
 力なく震える、小さな手。
 泥にまみれて抱え込んでいたのは――
 ビオラではない。
 ――俺自身だった。
 その瞬間。
 優しい鎖が、確かに、俺を繋ぎとめた。
 なのに。
 どういうわけか――
 縛られることが、心地いい。
 ここを出ていく日は、
 もう、来なくていい。
 できるなら――永遠に。
 ここに、留まりたい。
 レヴィは、カップの中にスミレを沈め、飲み干した。
 甘さが、身体の奥で静かに溶けていった。


https://ameblo.jp/witch-levi/entry-12942795404.html

初めての方はこちらから

第1話です?