西日本はすでに真夏に突入、東京は梅雨明け宣言まであと一歩…のところまで来ましたが、皆さんいかがお過ごしでしょうか
。前回記事の予告通り、今回は久々に、すっきりしない天気
を一掃するような歌謡曲を取りあげてみたいと思います
。これで~す
「青いシャツ」(伊東きよ子)
作詞:山上路夫、作曲:渋谷毅、編曲:渋谷毅
[1971.5.1発売; オリコン最高位-位; 売り上げ枚数-万枚]
[歌手メジャー度★★★; 作品メジャー度★; オススメ度★★★★]
別に意図的にそうしているワケでもないのですが、なんせ私(=好事家、好き者とも言う)のブログのことなので
、今回セレクトしたのもやっぱりマイナーな楽曲です
。よって、ご存知の方はおそらく少ないのではないでしょうか
。それでも、60代前後の世代の中には、「あれ、この雰囲気はどこかで聴き覚えが…」なーんて感じた方が少しはいらっしゃるかも…ってなワケで、追加情報を書いておきますね
。
由紀さおりの「手紙」が大ヒットした直後にリリースされて、こちらもなかなかのヒットとなったシングルA面に、「生きがい」(1970.11.5発売、オリコン最高位6位、売り上げ枚数24.8万枚)という作品があるのですが、この曲の雰囲気や世界観が、ちょうど今回ご紹介する「青いシャツ」を髣髴させるような感じなんですよね。 そしてそのことは別に偶然でも何でもなく、実は「生きがい」も、ジャズピアニストとしても知られる渋谷毅センセのペンによるものだという寸法でして
。
どちらの作品にも、”別れた男女の物語”(作詞はいずれも山上路夫センセ)が綴られているのに、詞と曲がガッチリとタッグを組んで、”じめじめ感”を全く感じさせない都会的な仕上がりへと昇華されているのが実にス・テ・キなのです。「青いシャツ」の歌詞は短いので、ちょこっと書き下してみましょう。
♪ あなたのシャツが 今ごろ急に
届いたのよ 忘れたころ 洗濯屋のお店から
青いシャツよ あなたが
よく着ていた お気に入りのシャツ
※ すぐに届けたい だけどあなたは
どこにいるか 分からないの
あの日二人 別れたの ※
♪ あなたと二人 ボートに乗った
あれはいつか 忘れたけど 青いシャツを着ていたわ
思い出すの いろいろ
青いシャツを 着ていた日のこと
(※くりかえし)
いつか青いシャツ 思い出したら
取りに来るわ だからそっと
大事にして しまいましょう
うーーーーん、しみじみといいですよねぇ。皆さんにも、歌詞全体に流れる独特の雰囲気(世界観)をしっかりと感じて戴けたことと思います
。
二人の別れた理由については書かれていないので知る由もありませんが、「すぐに届けたい」と(女性が)思ったり、(男性が)取りに来るまで大事にしまっておくほどですから、少なくとも憎み合ったりいがみ合って別れたワケではなさそうです。
”洗濯屋”というフレーズの使い方も、ちょっとこれ以外にしっくりくる言い換えが考えにくくて(”クリーニング屋”では字余りな上に、雰囲気ぶちこわし)、実に効果的です(昨今の放送業界では”○○屋”という言い回しは差別用語として自主規制されているようですが、使う側に差別的意識が全くないケースで、そういう低次元なサル知恵を振りかざすのはナンセンスの極みですよね
)。もっとも、「そんなに忘れた頃に届けてくる洗濯屋なんて、今の世なら商売にならないでしょ
」というハナシはあるのですが
、この悠揚とした時間の流れ方こそ昭和ならではの良さ(=無形の贅沢)だったように思うのは、単なる私の懐古趣味でしょうか
。
で、本題です。個人的にこの曲の中で一番気に入っているのが、間奏部分でゆったりと奏でられる楽器の素朴な音色なんですよね~
。この部分に差し掛かると、それまで空を覆っていた雨雲がだんだん晴れていって、爽やかな気分になってきませんか…
梅雨のユウウツ気分を一掃するのにピッタリの佳曲だと思います
。
この楽器、おそらくイングリッシュホルン(コール・アングレ)ではないかと私は思っているのですが、いささか自信がないので、もし正解をご存じの方はご一報下さい(^人^)。イングリッシュホルンというのは”看板に偽りあり”的な、ミョーな楽器でありまして、”イングランド”とも”ホルン”とも無関係の木管楽器(オーボエの一種)なのです。ドボルザークの交響曲第9番「新世界より」第2楽章で、「遠き山に日は落ちて」のメロディを奏でる楽器と言えばお分かりかも知れませんね
。ちなみに歌謡曲では、「学生街の喫茶店」(ガロ)(1972.6.20発売、1位、77.2万枚)や、「私のハートはストップモーション」(桑江知子)(1979.1.25発売、12位、14.9万枚)の間奏部分で効果的に使われています
。
ぜひYouTubeで楽曲の方を聴いて戴いて、上に書いた間奏部分のイングリッシュホルンの音色の心地良さにひたってみて下さいね
ヴォーカルの伊東きよ子は、宝塚音楽学校で音楽とモダンバレエのレッスンを受けている頃に、発足したばかりの東宝インターナショナル・ダンシングチームのオーディションに合格したものの、不幸にもアキレス腱を患ってダンサーへの道を断念。当時はちょうど第一次フォーム・ブームの真っ最中だったこともあって、フォーク・シンガーへの転身を図り、ハマクラ(浜口庫之助)先生の作詞作曲による「花と小父さん」(1967.6.1発売、38位、2.2万枚)でレコードデビューを果たしました
。その後、すぎやまこういち、筒美京平、宮川泰などの錚々たる作曲家陣によるシングル作品を10作ほどリリースしましたが、残念ながら大きなヒットに恵まれることなく、歌謡曲歌手としては70年代前半でフェイドアウト
。ちなみに今回ご紹介した「青いシャツ」は、8作目のシングルに当たります。音楽学校出身だけあって、絶妙な情感の込め方でもって一語一語を丁寧に置くような歌い方は、さすがと思わせるものがあります
。
最後に、渋谷毅センセについて少しだけ。渋谷毅センセを”歌謡曲のコンポーザー”という切り口で見た場合には、1970年前後を中心に、メジャーどころではピンキーとキラーズ、由紀さおり、本田路津子、佐良直美あたり、ちょっとマニアックなところでは冴草まなみ、東三千、松木さよりなどの歌謡曲歌手にシングルA面作品を書いた方…という位置づけになりますが、メインの活動と言えば、トリオ&オーケストラを率いての音楽活動、そして様々なヴォーカリストとのセッションと言ってよいでしょう。例えば、元チャクラの小川美潮とのセッションなんか、個人的にものすごく嬉しい組み合わせなのですが、それよりも何よりも特筆すべきなのは、渋谷毅センセが、70代半ばにして未だに現役バリバリのプレイヤー
であるという事実かも知れません。
今年に入って開かれたライブ映像がありましたので、YouTubeをアップしておきますね(渋谷毅センセのピアノ演奏は2分53秒くらいからです) 渋谷センセには、素晴らしい音楽の伝道師としていつまでもお元気で頑張って戴きたいなぁ…と切に思う、今日この頃なのであります
。ちなみに渋谷毅センセは、私が敬愛してやまない川口真センセと、東京芸大で同期の仲だったとのこと。ますますもって素晴らしすぎるっ
「奥成達を偲ぶ詩と音楽の会」(2016.3.18)より 「グッド・バイ」(渋谷毅)
それでは、今回はこの辺でおしまいとします。またお逢いしましょう~