【シングルよもやま話 24】 泣くような歌唱が多くの人の心に沁みる大正ロマン漂う叙情的名作! | 歌謡曲(J-POP)のススメ

歌謡曲(J-POP)のススメ

音楽といっても数々あれど、歌謡曲ほど誰もが楽しめるジャンルは恐らく他にありません。このブログでは主に、歌謡曲最盛期と言われる70~80年代の作品紹介を通じて、その楽しさ・素晴らしさを少しでも伝えられればと思っています。リアルタイムで知らない若い世代の方もぜひ!

 最近こそ、名前の最後に「子」のつく女のコにはほとんどお目にかかれなくなってしまいましたが、昭和初期から昭和40年くらいまで、女のコの名前の大部分が「~子」だった時代がありました。昭和40年生まれである私の周囲でもだいたい似たような状況で、当時は新鮮な響きだった「真由美」と「由美」がちょっとしたブームになったことが記憶に残っています

 そんな中、歌謡曲の世界で2度ほどクローズアップされたのが「幸子」さんです
一曲は、1979年にばんばひろふみが大ヒットさせた「Sachiko」。そしてもう一曲が、歌の最後に ♪ 幸子と一郎の物語~ と歌われているこの作品です()。


「赤色エレジー」(あがた森魚+はちみつぱい)
作詞:あがた森魚、作曲:八洲秀章、編曲:あがた森魚 with はちみつぱい
[1972.4.25発売; オリコン最高位7位; 売り上げ枚数29.1万枚]
[歌手メジャー度★★★★; 作品メジャー度★★★★; オススメ度★★★]



 この作品は十分にメジャーなので、タイトルや歌手はご存知ない方でも、一度くらい耳にしたことがあるでしょう一回聴くと、そう簡単には忘れることのできない強烈な印象を持った曲ですよね

 あがた森魚は、1969年に北海道から上京。1970年1月には「プレ・インターナショナル・フォーク・キャラバン」で初ステージに立ち、同年夏には自主制作アルバム『蓄音盤』を発売します
。1971年には、吉田拓郎を輩出したことで今や伝説と化した第3回全日本フォークジャンボリーに、”あがた森魚とはちみつぱい“名義で参加。これがキングレコードのディレクターの目に留まり、メジャーデビューが決定。1972年にベルウッド・レーベル第1弾シングルとして発売されたのがこの「赤色エレジー」です。 作品のイメージとはウラハラに、歌手としては意外と順調なスタートを切ってるなぁと感じるのは私だけでしょうか・・・

 「赤色エレジー」というのは、当時、月刊漫画誌だった『ガロ』に連載されていた林静一の漫画のタイトルから取ったもので、漫画からインスピレーションを受けて作られた大正ロマンの漂う叙情的名作
です。実際に、ゲタ履きスタイルでむせび泣くように切々と歌う姿が多くの人の共感を呼び、30万枚の大ヒットとなったそうです。ここで、「~そうです」と伝聞形で書いたのは、このシングルがリリースされた当時、私はまだ6歳だったから。さすがにリアルタイムの記憶はありません

 私がこの作品と出逢ったのは、‘80年代前半の高校時代に深夜ラジオから流れてくるのを聴いたのが最初だったように思います
。時代はおりしも高度成長期のまっただ中。物質的にはすでに恵まれていましたが、景気はさらに右肩上がりに良くなって世の中がまだ活気に満ち溢れていた時代でした。ちょうど感受性の強い年代だった高校生の私は、自分の住む“お気楽”世界とこの「赤色エレジー」の紡ぎあげる希望の欠片もない世界とのギャップ、そして、一つ一つの歌詞に込められた深い含蓄から、ちょっと言葉にできないほど大きな衝撃を受けて、すっかり打ちのめされてしまったんですねぇ・・・

 ♪ 愛は愛とて 何になる  男一郎 まこととて
   幸子の「幸」は どこにある  男一郎 ままよとて
   昭和余年は 春も宵  桜吹雪けば 情も舞う
   さみしかったわ どうしたの お母様の 夢見たね
   お布団もひとつ 欲しいよね  いえいえ こうしていられたら
 
 あなたの口から さよならは  言えないことと 思ってた
   はだか電燈 舞踏会  踊りし日々は 走馬燈
   幸子の「幸」は どこにある


 そうそう、あがた森魚から受けた衝撃といえば、この話を書かないわけにはいきません。私が後世に伝えるべき名作マンガだと信じてやまない“うる星やつら”
のアニメ主題歌としてヒットした「星空サイクリング」(ヴァージンVS(ヴィズ))(1982.10.25発売、オリコン最高位34位、売り上げ枚数4.6万枚)のヴォーカル(A児)が、あがた森魚だったことを後から知ったときの私の驚きと言ったらもう・・・。だって、「星空・・・」のいかにも軽薄っぽい歌いっぷりと、「赤色・・・」に描かれた陰鬱とした世界との共通点を探せという方がどだい無理な話でしょう。ま、こんなことがあるからこそ人間というのは面白いわけでしてね私が、あがた森魚の新たな一面を知ってますます心惹かれるようになったことは、もちろん言うまでもありません

 閑話休題。「赤色エレジー」の話に戻りましょう
頽廃的な詞の内容に見事に合致した曲の方も素晴らしいぞぉ・・・と私なんかは思うのですが、こちらに関しては作曲者に関してどうもひと悶着あった()ようですね・・・。というのは、「赤色エレジー」の発売当時は、作曲のクレジットもあがた森魚だったんだそうです。ところが作品が売れて世間に知られるようになると、菅原洋一倍賞千恵子の歌っていた「あざみの花」(作曲:八洲秀章)のパクリではないかという声が出始めた・・・と。そして、いつの間にやら「赤色エレジー」の作曲者も八洲秀章になっていた、というものです。事の真相は不明ですが、事実としてはおおよそそんな経緯を辿ったようですね。まぁでも、私が聞き比べてみた限りでは、ハッキリ言って全然似ちゃいませんが(きっぱり) まぁ、あがた森魚本人が納得しているのであれば、別にいいんですけど・・・

 この作品(シングル盤)では演奏陣(はちみつぱい)の豪華さも見逃せません
。なんてったって、ピアノが鈴木慶一、ヴァイオリンが武川雅寛、ドラムスがかしぶち哲郎なんですから・・・。それではYouTubeの方をどうぞ~。



 さて、最後に「幸子」さんの話をちょっとだけ
。周囲に何人かいた幸子さんも、ヒット曲の歌詞に登場したんだからさぞや喜んでいるだろうと思っていたら、必ずしもそうでもなかったようで・・・。それもそうかなぁ、「赤色エレジー」も「Sachiko」も、歌詞に登場する幸子さんは“幸せとは縁遠い”という設定ですもんね。「Sachiko」に至っては、歌詞の中で「みにくいアヒルの子(=ご面相に難アリ)」にされちゃってるしなぁ・・・

 そんなこんなで(どんなだ
)、巷では桜が満開桜桜桜で、お花見気分ビールに心もはずむ季節・・・のはずなんですが、桜の季節を迎えて私の頭に真っ先に浮かぶ歌謡曲はこの「赤色エレジー」を置いてほかないのです。この季節に、皆さんがすぐに思い浮かべる歌謡曲は何ですか

 それでは今回はこんなところでおしまいということで
。またお逢いしましょう~