琵琶奏者さんが毎年、行っている「京都キリシタン大殉教400年記念の集い」に行って来ました。

 パンフレットは過去のものです。現在はネットで呼びかけているだけ。



 この門は伏見桃山城の遺構。御幸宮神社にあります。まだ気温が暖かかった頃の写真です。祭りをやっており、夜間まで、かなりの人でごった返していた。


 キリシタン大殉教は七条で行われます。


 現在は無くなってしまった高瀬川。かつてはこの地にも流れていたが、流れを変えられてしまいました。




 少し盛り上がっているのが分かります。橋ごと埋めたと聞きました。その名残りなのだとか。


 左側の道路の隣に鴨川が流れています。現在はそこに七条大橋が架かっていますが、道を渡った先に何故か石碑が置かれてあった。かつて鴨川は幅1キロほどもあったと聞くので、この場所から橋が架かっていたのかもしれません。


 道路の向こう、人がいる辺りでキリシタンたちが磔にされたとする石碑がある。方広寺にあった巨大な仏像に向かって磔にされ、殺害されたと記録されています。




 演奏が行われるのは、ここ。許可を取ろうと警察署に行ったら横柄な態度を取られて断られたとか。そこで京都市長に掛け合ったら、あっさり許可され、それどころか、この休憩所も造ってもらうことになったらしい。初回は100人ほど集まったようです。


 場所は七条大橋の目の前。


 今回、集まった演奏者は計3人。あまり告知していないので、観客は私1人だけ。


 施設などにボランティア活動の一環として、演奏しに行っていると言っていた。










 休憩所を造った後に分かったらしいが、何と磔にされた場所は石碑がある場所ではなく、この演奏している場所なのだとか。何という奇跡。


 この後、円空の展示品を観に行く予定があり、演奏が終わってすぐに美術館へ向かいました。京都駅ビル内なので歩いて行ける距離です。


 鴨川は本当に落ち着く。








 七条は四条や三条とは違って、人の数がまばら。桜ものんびり見ることができます。ただ、その本数は少ない。


 被差別部落の集落跡地なので、所々、開けている。そこに居た住民たちは何年か前、近くに建てられたマンションに強制的に引越しを余儀なくされています。

 土地を所有し、勿論、家を建てた人は例外です。立ち除いてはいません。


 少しずつ集落跡地にマンションが建てられている。「ジャンパー」などの革製品系の看板も見なくなり、かつて、この地が集落であったことが分かる名残りは随分と減ったように思えます。


 資金力がかなりある人たちだったので、寺を幾つか建てることができている。浄土真宗の人気があったようです。




 初めて通る場所。その為、質が高いとは言えない人が目についた。外国人も増えたし、もうこのような場所には行かない方が良いのかもしれない。


 また来年、京都キリシタン大殉教が行われるならば、足を運んで見たいと思います。

 たまに、ふらりと行きたくなる大津京ブランチ。

 ここのスタバが最高なのです。


 用があって千本通りへ。千本通りは平安京のメインストリートである朱雀大路(の西側)に当たります。朱雀大路は幅84メートルでしたが、千本通りは2車線程度の道幅です。

 ここにはおどろおどろしい逸話がたくさん残されている。


 平安京跡地が至る所に残されているので、探索していても飽きることはありません。散歩をして見つかるのは戦国時代の名残ばかりとは限らない。


 knocks horikawa というシェア型図書館には月に一回は必ず行っている。二条城から少し北の堀川商店街にあり、棚を一つ借りて、私が書いた本を置かせてもらっています。


 書きかけの小説が幾つかあるので、今はそれを完成させるために日々奮闘中。

「ルートラジオ 〜森は、すべてを知っている〜」は最近、完成させたばかり。

 現在は京都を舞台にした「言葉の図書室」を随筆中です。というより完成に近いところまできている。あとは表紙の作成のみ。


 お気に入りの「しんぱち食堂」

 高いけど味は間違いなし。高いとは言っても、今はどこも同じですが。


 ロボットが配膳する店です。観察していて思ったが、奥の席には、ロボットに配膳させていないようです。狭くて行くことができないからでしょう。

 あと高齢者や怖い系の人にもロボットに配膳させず、店員が持っていっている。と思う。


 ゼスト御池で何かのイベントをやっていた。京都の地下空間で人が楽しんでいるなんて、観光客は中々、想像することはできないだろう。大阪とは異なる雰囲気の空間が広がっている。


 わかさ生活で行われているチャリティーコンサートに行って来ました。余裕をかましていたら、時間ギリギリに到着する羽目になった。

 当初、チャリティーには2日連続で行われているうちの初日に行く予定でした。しかし、他の予定と重なり、どうしても行くことができず、日にちを変えてもらうことに。

 わかさ生活ではチケットの関与をしていないようで、委託会社なのか分からないが、そこで手続きをしました。しかし、それが、わかさ生活の方には伝わっていなかったという、ちょっとしたハプニングがあり、会場で手間取ってしまった。まあ見ることができたから良かったけど。

 一番最後に会場に入ったのが、功を奏して、最前列のど真ん中で見ることができました。良い席だけ避けて座るとは、日本人らしい。おかげで良席ゲット。


 盲目のバイオリニストによる演奏でした。恵まれた人の演奏を聴いても何も感じないが、何かしらドラマ性を秘めた人の演奏はグッとくるものがある。また機会があったら演奏を聴きに行きたいと思う。










 毎年、10月に行われている浄土宗の特別公開。今回は浄篤院へ行って来ました。10月の頃のブログを今頃、書いています。


 通常は非公開ですが、予約したら参拝可能なようです。かなりフレンドリーな住職が対応してくれました。来やすい寺院だと思います。


 創建、変遷の詳細は不明らしいが、1657年、闇霊により開かれたとされます。この地より南にある西蓮寺の住職が退隠した際の別院が浄篤院と言い伝えられている。


 法然が旅立ちした頃の像

 

 幼少期の名前は勢至丸(せいしまる)




 あまり有名ではない寺院で、平日ということもあり、私以外には誰もいない。独占状態で拝むことができました。




 雨の日だったのが幸いし、映えた庭園を眺める。至福の時。






 阿弥陀三尊


 端から端まで縦長の岩が配置されてあった。細い来迎石の立石が並んでいる。




御本尊の阿弥陀如来

「平安時代の慈覚大師(794-864)の作という。源義経(1159-1189)の念持仏とされる。義経が背負っていた折に、矢が刺さったため「矢負仏(やおいぶつ)」ともいわれている。黒い色をしており「黒本尊」とも呼ばれる。秘仏であり、開扉すると円町一帯に水が出たという」


 秘仏なのに写真撮影可能とは、ありがたい。






 来る時はそこまで降っていなかったのに、中々の強い雨。


 別室へ





 別室にあった仏像。その場にいた人に由来を聞いたけど、よく分かっていないようでした。


 こちらにも立石が。




 毎年、10月に行われる浄土宗の特別公開は、日ごろ非公開のところが多い。時折、予想もしない当たりを引き当てることがあるので、宝探し感覚で様々な寺院に足を運んで欲しいと思います。