①     『巻頭の言葉』 青山俊董氏

左頁の1段目「道元さんよ。夜でも昼でもいつでもよい。支度もととのえなくてよい。質ねたいことがあったらいつでも方丈へ来なされ。道元さんの無礼を許すことは、父親がわが子の無礼を許すようなものだ」

➡64歳の如浄禅師は、日本から来た26歳の初相見である道元禅師に、上のように言われた。しかも長年にわたり如浄禅師の下で修行している多くの修行僧がいる中で。如浄禅師は一目で道元禅師の素質・器の大きさを見抜いたのでしょうね。凄い!

②     p.10からの『いま日本の進むべき道』 櫻井よしこ氏 山上信吾氏

p.19の1段目「「聞いていた通り、日本の政治家はダメだった。役人は優秀だと聞いていたけれど、これも大したことがなかった。しかし、普通の人が凄い」と言ったんです。」「町工場の工員さん、ホテルの受付の方、タクシーの運転手さん…(中略)この人たちは、自分の仕事に誇りを持って一所懸命打ち込んでいる。少しでもいい仕事をしようと喜々として頑張っている。こんな国は日本しかないと言ったんですよ。」

➡韓国のエリート外交官の答えだそうです。誇らしく思いましょう。

③     p.20からの『かくして日本発の新薬は誕生した』 椛島健治氏

p.23の3段目「いまは働き過ぎはダメだという風潮がありますけど、これは全くおかしな話で、プロの世界はそんな甘いものじゃないですよ。」

➡アトピー性皮膚炎治療薬を開発した研究者の言葉なので、重みが違います。

p.25の3段目「やっぱり患者さんがボロボロに搔きむしっている姿を見て、何とかしたいと。これを見つければ新薬の開発に繋がり、多くの患者さんを救うことができる。」

➡これがモチベーションとなり踏ん張りになった、という話に感銘を受けました。

④     p.96からの『二十代をどう生きるか』 葛西紀明氏

p.98の1段目「貧乏と闘いながら必死に働き、ジャンプまでやらせてくれた母にはいくら感謝してもし切れません。入院中の母は手も握れない状態だったのに、不調な僕を気遣って励ましの手紙を送ってくれました。「いまこの時を頑張れ。絶対におまえは世界一になれる。おまえがどん底から這い上がってくるのを楽しみに待っているよ」震える字で綴られたこの手紙を読む度、大きな力をもらえます。」

➡脳梗塞の後遺症で思うようにならぬ手で書かれた、私宛の母からの手紙を思い出しました。

⑤     p.110からの『禅語に学ぶ』 横田南嶺師

p.111の2段目「子の教育について、父は何も語ることはありませんでした。しかし、黙々と作業着姿で仕事に打ち込む、その後ろ姿はなによりの教育でありました。その無言の教えを受けて私たちは道を踏みはずすことなく生きてこられました。父の生涯は、私達にとって誇りであります。」

➡横田南嶺師のお父さまの葬儀の会葬礼状の一部です。後ろ姿の教育を自分はどこまで出来たのか反省しきりであります。

p.113の2段目「一晩見守っていたが、どうにか朝を迎えることができた。父の容態が気になるところだが、弟たちはいつものように仕事に出かけた。「自分の仕事を第一にしなさい」という、無言の教えが通じていたようだ。私も翌八日の花祭りのために鎌倉に戻った。「寺に帰って自分の務めをしなさい」と言われた気がしたのだ。そして花祭りが終わった時に、息を引き取ったと知らせが入った。」

➡私の父もそうでした。東京から札幌へ駆けつけた私は「大丈夫だ、仕事に戻りなさい」と言われたので、その通りにすると、間もなく亡くなりました。