①     『巻頭の言葉』 青山俊董氏

左頁の3段目「釈尊お一人から始まった仏教が、中国へ伝わったのが永平十年(西暦六七年)、以後千九百年近くの間、玄奘三蔵を始め多くの求道者と文化を樹立したが、一九六四年、江青ら四人組が文化大革命と称してこれらの文化財を破壊し、僧侶も還俗させられた。(後略)」

➡中国はかつては偉大な国でありました。四書五経も論語も…。あー情けない!

②     p.28からの『我が矯正人生 ―Sとの出会いが教えてくれたこと』 亀井史巠氏

p.29の3段目「数日後、何やら外が騒がしいので覗いてみると、全身焼けただれた三、四人の若い母親が小さな子供たちを連れ、食料や水を求めて山間部の私たちの村にやってきていました。(中略)母は被災した家族に温かい励ましの言葉を懸けて送り出しました。別れ際には若いお母さんたちが泣きながら母に合掌し、母は姿が見えなくなるまで何回も何回も手を振って見送りました。」

➡原爆で被災した若い母親たちに見せたこの母の行動が、後年の刑務官亀井史巠氏を作ったのだと思いました。偉大な人には偉大な母ありです。

③     p.44からの『Never never never Give up』 山田耕介氏

p.46の2段目「当然ながら手も足も出ず、高校三冠を達成した浦和南との最初の試合は0対十八の大惨敗でした。あまりの実力差に大半の選手は意気消沈していましたが、キャプテンだけは「悔しいです」と素直に言いましたよ。じゃあ、我々と何が違うのか尋ねると、意外な答えが返ってきました。「グラウンドにはゴミ一つない。ラインが真っすぐに引いてあります」と。」

➡さすがはキャプテン。この後何度も戦わせてもらい最後は0対三まで差を詰めたとのこと。目の色を変えて努力したのでしょうね。良い青春です。

④     p.52からの『困難を踏み越えて人は育つ』 鈴木孝幸氏 伊藤裕子氏

p.60の3段目「常に赤ちゃんが乗るようなバギーに乗せられている彼女を見た時、(中略)そしてバギーから彼女の体を解放し、抱っこして水に入り、耳元でその歌を優しく歌いながら、身体をほぐしていったんです。しばらくしたら、何とその子の腕がゆっくり伸び始めました。次に、肘に溜まっていた綿埃がポンッと水に浮かんできた。数分後、彼女が不意に微笑んで、最後は声を出して笑い始めたんですよ。あっ、心と心がお互いに繋がったな、この人の腕の中なら安心だって、委ねてくれたんだなって思いました。ご両親が泣きながらプールサイドに駆け寄ってきて、喜んでくれましたね。」

➡全身硬直の女の子の話ですが、こういう人たちに水泳を教えるこの伊藤裕子氏に感銘を受けました。

⑤     p.122からの『風の便り』 占部賢志氏

p.122の2段目「そもそも、自意識過剰人間は公平無私にはなれない。いつも自己がしゃしゃり出る。そんな相手と議論するのは厄介ですから、「御尤も」と言って空しい遣り取りは避ける。」

➡コメンテーターの橋下T氏の言動にイラつき憤っていましたが、これがいいですね。「御尤も」。これから心の中でこれを呟くようにします。