愚痴の話 | 人生七転八倒

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「だらだら言いたいことをいう」がテーマ。
・・・だったのですが、今では素で罵詈雑言と呪詛とを書き散らす王様の耳はロバの耳な落書き帳に成り下がりました。
使用上の注意読むと気分を害する可能性があります。
フィクションです。

愚痴はだれでもあるので、言うなって話ではありません。


と、言うか、個人的には言うべきであると言いたい。


だって愚痴って吐き出さないとたまる。


身体に老廃物がたまると同じく、心にも老廃物がたまるようにできてる。


だから、吐き出すべき。


問題は、吐き出し方。


身体の老廃物ってヤツは、社会的生活を営む上で、適切に処理されねばならない。


普通の人間であればトイレに行く。風呂に入る。


愚痴は、心の老廃物であると思うので、やはり適切に処理されるべき。


実生活で、どこでも構わず排泄するわけにはいかん。


愚痴もそう。


のべつまくなし愚痴をたれるのは、非常に汚い。


それが、大便だったとして、今までの自分自身を振り返ってもゾッとする。


のべつまくなし愚痴をたれるとは、大便をまき散らすということ。


でも、排泄自体は、絶対に必要。便秘が体にいいわけない。


愚痴は吐き出すべき。しかしその愚痴の吐き出し方を考えなきゃいけない。


で、実際の排泄は、トイレがあるけど、心の排泄の際は、他人の手を借りなきゃならない。


特に愚痴っていう種類の老廃物に関しては、他人に聞いてもらわないと処理しにくい。


別にいいんだ、スポーツでも、レジャーでも、ストレス解消の方法は無数にあるけど、基本的に人間は発信しなけりゃ気が済まない生き物だと思ってるので、発信して受信する相手が必要。


で、相手の事を考えない愚痴のたれ方はいずれ関係が壊れる。


だからやめた方がいい。


受信する側も受け入れやすいようにしとくべきだと思うのよ。


ってね。


愚痴は汚い。基本。でも上手に処理しよう。ってことで。


なんでこんなこと書いてるかってーと、あれだ。


職場のおっさんの愚痴がひどいんでもう。うんざりしてたけど、そういや自分もそうなってる時あると思って。


やっぱり、カッコいい大人でいたいからね。