1965(昭和40)年刊行の箱入単行本です。これも学研の芥川賞作家シリーズの1冊です。収録されているのは「新世界」と「登攀」の2作で「登攀」が1944年上半期の芥川賞受賞作になります。戦前最後の芥川賞は清水基吉さんの『雁立』ですが,これも戦前最後の頃の芥川賞受賞作ということです。作者の小尾十三さんは山梨県甲府市のご出身で,戦前朝鮮半島に渡り,1939年に元山商業学校教師となり,1942年には当時の満州国新京中央放送局に勤め、翌1943年には森永製菓満州本社の経理課長になられています。この頃に教師時代の回想を小説「登攀」として描かれ,「登攀」は「内鮮一体」の皇民化政策の時代風潮のもと、内地から赴任した主人公の北原邦夫が献身的愛を注ぐ朝鮮人生徒の安原寿善との関係が描かれています。戦後は,1950年に母校の甲府商業高校教師になられています。1965年に書き下ろしで芥川賞作家シリーズ『新世界』を発表。「登攀」と同じく教師時代の回想を描く自伝小説で、「登攀」のテーマをより深化させ主人公津金と朝鮮人生徒崔聖亀との関係が描かれています(以上はウキペディアより引用)。ということで,小尾さんも戦後は作家としてはあまり活躍された方ではありませんが,この本に収録された2作はいずれも非常に真面目というか作者の善意がよくわかる小説になっています。確かにウキペディアの解説にもあるように,いずれの作品も朝鮮半島を植民地とした日本の「 内鮮一体」の皇民化政策を体現した内容の小説であり,現在の歴史観からすれば「反動的小説」ということになるかもしれませんが,主人公でもある作者が「善意」の塊のような人間であることは,読んでいてもよく分かります。ただ,そういう主人公である作者の「善意」というか自ら疑うことのない真剣さこそが,客観的には非常に危険な日本の皇国思想になってしまっているというのも,またまぎれのない事実だろうと思います。ま,そういう意味ではこの小説は評価が分かれるかも知れませんが,僕が読んだ感想では作者の「純粋な善意」に組したいなって思いました。こういう自分を信じて疑わない真面目な人っていうのは,実は今も先生にはけっこう多いんですよね。だからまたいろんな問題も起こって来るんですけど……。

 ところで,一昨日の夜は一睡もできませんでした。自分の病気(腎臓ガンと心臓の冠動脈疾患のこと)のことを考えると不安と恐ろしさでぜんぜん眠れませんでした。これまでも病気のことが心配でなかなか寝付けないということはありましたが,一晩中一睡もできなかったということはありませんでした。まぁそれだけ今回の心臓疾患の件は精神的にショックが大きかったということかも知れませんが,昨日の夜は前日の徹夜のせいで非常によく眠れました。夜9時から朝の8時まで,途中でトイレに立ったりしましたが11時間ぐっすり眠りました。人間の身体っていうのは案外しぶといものなのかも知れませんね。

それでは,また。

 
 

 

 
 

 

 1964(昭和39)年刊行の箱入単行本です。学研が刊行した芥川賞作家シリーズの中の1冊です。この芥川賞作家シリーズはたいてい1人1冊ですが,この巻だけは2人1冊になっています。作品が足りなかったんでしょうか。よく分かりません。小谷剛さんの収録作は「非行」「確証」「第一期修道生」の3作品で,「確証」が1949年上半期の芥川賞受賞作です。1944年下半期の清水基吉さんの『雁立』以来中断していた芥川賞の戦後最初の受賞作になります。辻亮一さんの収録作は「挽歌抒情」「異邦人」「木枯国にて」「修道者」 の4作品で,「異邦人」が1950年上半期の芥川賞受賞作になります。戦後再開された芥川賞は1949年下半期が井上靖の『闘牛』,1950年上半期が安部公房の『壁』,1951年下半期が堀田善衛の『廣場の孤独』『漢奸』といった具合で,その後も大活躍をされる錚々たる人たちです。1952年下半期には松本清張の『或る「小倉日記」伝』と五味康祐の『喪神』が受賞しています。まぁすごい時代ですね。その中で小谷剛さんと辻亮一さんは,受賞後の作家としての活躍という点では今挙げた大作家たちに比べればかなり見劣りがするのはどうしようもないですね。ただ,僕がこの二人の作品を読んだ感想としては,作品の小説としての出来栄えはよく分かりませんが,お二人ともすごく真面目に書いているなということはよく分かりました。小谷剛さんは愛知県名古屋市のご出身で,現在の名古屋大学の医学部を卒業し,名古屋市内で産婦人科の開業医をしながら作家活動もされていた方なんですね。芥川賞受賞作の「確証」は,二人の異なるタイプの女性とかなりいかがわしい関係を持った若い産科医の話ですが,おそらく作者の職業が物語の背景になっていると思われます。辻さんは戦前に早稲田大学を卒業後満州で就職したが,敗戦後に中国共産党軍に抑留され,1948年帰国後は現在の三菱樹脂に勤務されながら文筆活動をつづけられていたようです。芥川賞受賞作の「異邦人」も,このシリーズのための書下ろし作「挽歌抒情」も,「異邦人」の続編でもある「木枯国にて」も旧満州からの引揚者を描いた作品ですが,これは抑留時代の体験が当然背景になっていると考えられます。というわけで,作品はかなり暗いタッチの物語になっていますが,まぁこの時代の小説としては当然なのかも知れません。

 ところで,これは小谷剛さんの解説を書かれた荒正人氏の文章ですが,ちょっと気になったので少し長くなりますが抜粋します。

「この作者は良い素質を持っていると思う。それがまだ伸び切っていない感じを受けるのは,どういう点にあるのだろうか。私の憶測を書き記せば,作者が名古屋というおよそ文化の伝統のない町に住み,地方名士なっているためではないかと思う。……パチンコ一つ例にとってみてもよい。ああいうものを考えだす商人の町に文化があるなどとは到底思えない。」

僕は愛知県出身ですが,いくなんでも,いくらんでもこれはちょっとあまりにひどい偏見じゃないですかね。少なくとも名古屋出身の名古屋在住の作家の解説に書く文章だとは思えません。荒正人さん,大嫌いになりました。

それでは,また。

 

 

 

 1964(昭和39)年刊行の単行本です。学研がこの年から刊行し始めた「芥川賞作家シリーズ」の中の1冊です。収録されているのは「若い廃墟」「美談の出発」「沼」「葬列」の4作品で,2作目の「美談の出発」が1962年上半期の芥川賞受賞作です。川村晃という作家もあまり名まえを聞かない作家ですね。ネットで調べてみると,川村晃さんは1927年に台湾で生まれ静岡県で育ち,陸軍航空通信学校を卒業後,大阪の空港に配属されそこで終戦を迎えます。戦後は筆耕職人をしながら小説を執筆し,1962年同人誌に発表した「美談の出発」が『文学界』に転載され芥川賞を受賞することになりました。その後は,毎日新聞の人生相談のコーナーを担当し,テレビのレポーターを務められた時期もあったということです。また『高1コース』や『蛍雪時代』にも小説を発表されてたそうですので,もしかしたら僕が高校生の頃の『蛍雪時代』に川村さんの小説が掲載されていたのかも知れません。僕がこの単行本の小説を読んだ感想は,う~~ん,そうですねぇ,戦前のプロレタリア小説のような感じがしましたね。1作目の「若い廃墟」はこの単行本のための書下ろし作ですが,「美談の出発」や3作目の「沼」と同じく小説の時代背景は終戦直後,昭和22,3年頃の日本が貧しさのどん底にあった時代の物語です。巻末の本多秋五さんの解説にもありましたが,物語のシチュエーションは小説的な作り話ではなく事実そのものだそうで,当時の庶民が現在の日本からは想像もできないような絶対的貧困のもとで生活していた様子が描かれています。そういう意味ではかなり社会派的な小説なわけで,1960年代の芥川賞,例えば1964年上半期の柴田翔の『されどわれらが日々』,1965年上半期の津村節子の『玩具』などと同じ流れの中の受賞かなという気もします。ただ,僕の正直な感想としては,事実はそのとおりなのかも知れないけど,もう少し小説的な色付けというか修飾が施されていてもいいのKなとは思いました。

 ところで,「筆耕職人」って分かりますか? 今の若い人にはぜんぜん分からないと思いますが,謄写版印刷の原紙切りの職人さんのことですね。謄写版といっても分からないかもしれませんが,昔は学校の試験問題や保護者あてのプリントなども謄写版で刷っていました。蝋原紙をヤスリの上に置き鉄筆で1文字1文字書いていくわけですね。僕が大学に入学した頃のセクトのアジビラはたいていこれでしたが,独特の略字などもあり,筆耕の上手なビラはすごく読み易かったですね。僕も小中学生の頃,鉄筆を使って原紙を切ったことが何度かありますが。失敗して修正液を原紙に塗るわけですが,また失敗して結局原紙に穴を空けたりして大変でした。というわけで,昔はそれをプロの仕事としてやっていた人たちがいたということなんですね。

さてと,僕の状況ですが,息切れが少しずつきつくなってきてるかなという気はしますが,それ以外は特に大きな変化はありません。小さな変化というかなんとなく気にかかるようなことはいろいろありますが,あまり心配ばかりしていてもしょうがないので気にしないようにしたいと思います。といってもやっぱり気にはなるんですけどしょうがないですね。今できることをしっかりやっていこうと思います。

 chocoちゃん,大きくなりました。元気いっぱいのお転婆さんです。今日は寒いのでお洋服を着せられています。2ヶ月でだいぶ大きくなりました。

 

 

 

それでは,また。