1976(昭和51)年刊行の立派な箱入単行本です。定価は2000円となっています。収録されてるのは「雁立」「夕風帖」「妻と」「硫黄館」「踊子」「魁兄」「空白記」「情事」「顛末」「季節の終わり」の10作品です。そして最初の「雁立」が1944(昭和19)年下半期の第20回芥川賞受賞作であり,これが戦前最後の芥川賞になりました。清水基吉という作家は僕はぜんぜん名前も聞いたことのないような方ですが,ネットで調べてみると小説家というよりは俳人として有名な方のようです。1918(大正7)年生まれで亡くなったのは2008年ということですからずいぶん長生きをされていますが,1981年から鎌倉文学館の設立に尽力され,1991年から2004年まで第2代館長をされていたそうです。この1976年刊行の『雁立』は芥川受賞以来初めて刊行された作品集で,作者後記によると収録されている作品のほとんどは昭和20年代から30年代に発表されたものだそうです。僕の読んだ感想を言うとこれはすごくいい短篇集ですね。芥川賞受賞の「雁立」ですが,1944年という太平洋戦争真っ最中の作品なので最初は戦記物かなくらいに思っていたんですが,これが意外や意外,「恋愛小説」だったんですねぇ。しかもかなり上質というか当時の日本の軍国主義的な状況からはなかなか想像できないような恋愛小説になっています。僕はこれまで,この時代の日本は1から10まですべて軍国主義の暗黒の世界になってしまっていたと思っていましたが,まだこんな儚くも美しい世界が残っていたことを知って本当に嬉しく思いましたし,戦前最後の芥川賞が「雁立」のような「恋愛小説」であったことにもホッとしました。できるだけ多くの人に読んで欲しい小説です。この作品集最後の「季節の終わり」は,1970年以後に書かれた作品で「雁立」の戦後版のような作品になっています。これもなかなかいい作品ですが,その中にこんな一節があります。

「一九四〇年代の愛国者というものは,自我というものとまるで縁のない連中だった。あるものは不動の姿勢と号令ばかりである。その間にS区の区役所で徴兵検査に逢ったりしたが,僕は自分が豚になったとしか思われなかった。」

う~~ん,なかなか含蓄のある文章というか現在の日本・時代への警句のような気もします。

 ところで,今日は家内が織物サークルで,僕はchocoちゃんとお留守番です。病院もありません。朝のうちは本振りの雨でしたがお昼前からは止んでいるので,さっき庭でchocoちゃんと遊びました。無邪気にじゃれついてきて,本当にかわいいです。

それでは,また。

1959(昭和34)年刊行の単行本です。収録されているのは「山塔」「茉利子」「故園」「少女幻影」「城外」の5作品です。このうち最初の「山塔」が1959年上半期の芥川賞受賞作です。この本を読んだのは今年の3月の初めくらいだと思いますが,今ほとんど内容を覚えていません。5つの作品はそれぞれ独立した小説だったと思いますが,いくつかは主人公が「山蔭素吉」だか「尾形牧師」だったかよく覚えていませんが,同じ名前が出てきたような気がしますので,多少連作的な短編集だったのかも知れません。読み終えて3ヶ月も経たないうちにその内容をほとんど忘れてしまうくらいですから,小説そのものはそれほど面白いものではなかったと思いますが,特につまらにとか読んでいてうんざりするとかいうような小説でもなかったと思います。作者の斯波四郎さんという方は僕はぜんぜん知らない方ですね。ネットで調べてみると,斯波さんは福岡県のご出身で,戦前に毎日新聞に入社され,戦後は『サンデー毎日』の記者もされていたようです。芥川賞作家ではあったわけですが,作家としてはあまり活躍されていないですね。著書も10冊未満のようです。1960年頃の芥川賞というと,1957年下半期の開高健の『裸の王様』,1958年上半期の大江健三郎の『飼育』,1960年上半期の北杜夫の『夜と霧の隅で』などその後も長く作家として活躍された方々が受賞されているので,失礼かもしれませんが,その意味では斯波さんはちょっと期待外れだったのかも知れませんね。ま,しかし,芥川賞のような純文学の新人賞受賞作家が,その後大作家と成るか鳴かず飛ばずで終わってしまうかは,その時点では誰にも分かりませんね。こういう芥川賞受賞作家がいて,こういう小説を書いたということを確認しましたということで善しとします。

ところで,昨日は皮膚科と眼科,それと循環器内科の受診に行って来ました。皮膚科は特に問題なしですが,眼科では白内障だけでなく緑内障も両眼とも進んでいるということで,今後薬で治療をしていきましょうということになりました。また,新しい眼鏡を作るための検査を来週火曜日に受けることになりました。午後,循環器内科の診察を受けましたが,これは月曜日に担当医の先生が体調不良でお休みだったので,改めてお話を聞くということでした。結果は結論だけを言うとほぼ絶望的ということでした。どうやら僕の心臓の3本の血管のうち1本が詰まりかけているようですが,これを治療することは技術的には可能だけど,今の僕の癌の状態ではその治療に耐えられないだろうということで,結局は治療をしない方がよいだろうということです。その場合には当然血管が完全に詰まって心筋梗塞などの心不全を起こす可能性がかなり高いけれども,余命が10年20年もあるわけではないので,敢えてリスクを冒してまで心臓血管の治療はしない方がよいということです。う~~~ん,ありていに言えば,癌で死ぬのが早いか,それとも心不全で死ぬのが早いかっていうような話ですね。正直ちょっとショックではあったけど,ま,これも自分自身の運命というか宿命みたいなものですから,そのまま受け入れるしかないです。腎臓がんの告知を受けた時もかなりショックでしたが,今回は心不全がいつ起こっても不思議ではないということで不安はより強いです。でもまぁ,不安だ,心配だといくら言っていても病気が良くなるわけでもないので,元気なうちは今までどおり頑張っていこうと思います。1日1日が本当に大切になってきました。

それでは,また。

 

 

 

 

こんにちは

昨日の午後から雨が降り続いています。朝方はちょっとひんやりしてましたが,今はちょっと蒸し暑いかなという感じです。

今日は午前中病院へ行って来ました。循環器内科の診察でした。先週の月曜日に心シンチの撮影をしましたので,その結果を教えてもらったんですが,あまりいい結果ではありませんでした。どうも心臓の周りの血管のどこかが詰まっているようです。ただ今すぐどうこうということではなく,将来心筋梗塞になる恐れがあるということのようです。もし治療をするとしたら血液をサラサラにする薬を1年以上使い続ける必要があるということで,現在の癌の治療との兼ね合いがあるということで,泌尿器科の主治医の先生と相談してみるということになりました。その相談の結果をまた水曜日に訊きに行くことになりました。循環器内科の先生も言ってましたが,今現在何の病気もなく今後10年,20年も余命があるのなら手術をした方がいいだろうけど,僕の場合はそこまでする必要があるのかどうか分かりません。僕自身もこのままでもいいかなと思っています。あとどれくらい生きられるのかも分からないのに,5年10年先に出るかも知れない病気の心配をしてもしょうがないですよね。ということで,今週水曜日は皮膚科,眼科,循環器内科とまた1日病院ということになってしまいました。

このところ,陽射しがきつかったり,1日中病院だったりが続いて散歩にも出かけられない日が続いていたんですが,昨日は午前中曇り空で暑くもなかったので久し振りに散歩に行って来ました。前回の散歩の時にはまだ咲き始めたばかりだった紫陽花が満開になっていました。ネットで調べてみると千葉県内にも紫陽花の名所はけっこうたくさんあって,今年はそのいくつかを廻ってみようかなって思ってましたが,現在の僕の体調だとちょっと難しいかなって思います。特別にどこが悪いというわけではないんだけど,身体全体が怠くすぐに疲れてしまいます。目もよく見えないし朝起きた時から頭痛もするし,本当にいろいろ大変です。ま,いろいろ大変ですが,それでも何とか日常生活が普通におくれていることを善しとし感謝しないといけないですね。今の僕の身体は,昔のアナログテレビのような状態です。あちこちの部品の寿命が切れたり接続が悪くなったりで,いつ壊れてもおかしくない状態で,時々画面が消えたりしますが,ポンポンと叩いてやったりするとまた映ったりするような感じなんでしょうね。大事に使えばもう少し持つかもしれません。いたわりながらやっていこうと思います。

 

 

 

いでにわが家の花菖蒲も載っけておきます。それでは,また。