こんにちは

なんだか急に涼しくなりましたね。でも,台風もまた来そうで心配です。

さて今回紹介する本は,鶴田知也さんの『コシャマイン記』です。2009(平成21)年刊行の文庫本ですが,収録されている「コシャマイン記」「ペンケル物語」「ピリカベツの駅逓」「ポプラの墓標」「ナンマッカの大男」「ニシタッパの農夫」「ベロニカ物語」「摩周湖」「和蘭豆百害之事」の9作品はすべて戦前の作品です。そしてタイトル作である「コシャマイン記」は1936年上半期の芥川賞を受賞作です。芥川賞の第1回の受賞作は石川達三の「蒼氓」で大2回は受賞作なしということですから,これは2回目の芥川賞受賞作というこということですね。文庫表紙の紹介文は,「和人によるアイヌ民族迫害の歴史を,誇り高き部族長の裔・コシャマインの悲劇的な人生に象徴させ,昭和十一年,第三回芥川賞を受賞した,叙事詩的作品「コシャマイン記」を中心に,棄民されていく開拓民の群像と,そこでの苦闘に迫る「ナンマッカの大男」「ニシタッパの農夫」農夫など,北海道を舞台とした初期作品9篇を精選。アイヌと下層農民を描くことで,民俗的連帯を模索した稀有なる試み。」となっています。僕の感想ですが,「コシャマイン記」すごくいいです。この時代にこれだけの小説を書けるというのは並々ならぬ能力の持ち主であったことは間違いないと思います。そしてこの昭和10年代にこの作品が芥川賞に選定されたということも考えてみればすごいことだったのかも知れません。「コシャマイン記」の一番いい場面は何といってもラストシーンです。それは僕たちが普通に想像するようなアイヌの英雄としてのコシャマインではありません。むしろ「ええ~~っ,何それ? そんなのあり!」っていうようなラストシーンなわけですが,それだけ余計にアイヌの悲惨さ,和人のずる賢しこさをよく表していると思います。アイヌを扱った小説はもう一つ「ペンケル物語」がありますが,後の作品は,「ピリカベツの駅逓」を除くと,日本人(和人)の開拓農民の物語です。北海道の開拓がいかに厳しいものであったということは僕も話ではよく聞いていますが,しかしこれは反面ではアイヌを弾圧してきた歴史でもあるわけで,作者の鶴田知也さんにとっては開拓の歴史をもろ手を挙げて賛美することはできなかったんでしょう。鶴田知也さんは,戦前はプロレタリア文学の旗手と手活躍された方のようですが,戦後は農民運動などに関わり,作家としてはほとんど忘れられたような存在になってしまいました。その才能からするとすごくもったいないというか残念な気がしますが,ま,それも一つの生き方というもの貌知れません。「コシャマイン記」もすごくいい小説でしたが,「ピリカベツの駅逓」もいいです。物語としてはこちらの方がいいかも知れません。機会があったら是非読んでみて下さい。

さて,4日前に咲いた蓮のh名ですが,4日間咲いてキレに散りました。蓮の花はどれも4日間しか咲かないそうですが,本当のようです。今度は種ができるかどうか楽しみです。

 

それでは,また。

 

 

 

 

 

 

おはようございます。

今日は意外に涼しいですね。僕はちょっと風邪気味で,鼻水が止まりません。

さて,今日の1冊は1986(昭和61)年刊行の文庫本です。単行本は昭和58年に文藝春秋から刊行されています。執筆されたのは昭和56年から58年ごろにかけてで,1983年上半期の直木賞受賞作です。文庫表紙カバーの紹介文は,「敗戦と同時に送り込まれたシベリアの収容所はまさにこの世の地獄だった。軍律の崩壊した集団に君臨する大ボス・小ボス。襲いくる飢餓と寒冷と暴力に耐えながら帰国を待ちわびる日々を支えてくれたのは,小説と映画と流行歌への熱い思いだった。死んでいった戦友たちへの祈りをこめた第89回直木賞受賞作。」となっています。コピーではシベリアの捕虜収容所となっていますが,正確にはモンゴル人民共和国の首都ウランバートルの捕虜収容所です。シベリアの捕虜収容所での過酷な生活については小説はもちろん映画やTVマなどでも何度も映像化されており,僕も多少は知っていましたが,モンゴルの捕虜収容所の様子はほとんど知りませんでした。基本的にはシベリアとあまり変わらないということなんだろうと思いますが,まぁにしても大変な状況というか生きていくのにギリギリの状況だったわけですね。老人や病弱者にはとても生き残れるような環境ではなかったことを改めて知りましたが,それにしても同じ日本人の俘虜なのに,助け合うどころか

平気で殺人といってもいいような行為をする日本人がいたと思うとなんだかとても悲しいというかさびしい気がしました。第2次世界大戦(太平洋戦争)が終って今年で73年,アッと今に4分の3世紀が経ってしまいました。国民のほとんどが戦争を知らない世代になり,ネットのコメント欄などを覗くと,日本も核兵器を持ってとか,今すぐ武力攻撃しろとかやたら勇ましい書き込みがあふれています。こういう時代にこそ,このような作品が存在意義を持つんではないではないでしょうか。僕は胡桃沢耕史さんと政治的意見がまったく一致するわけではありませんが,この作品はぜひ多くの若い人たちに読んで欲しいと思います。

ところで,庭の蓮が昨日咲きました。まだ1本だけですが,薄いピンクの花です。もう1本くらい花芽が出てくれると嬉しいんですけどね。

 

 

それでは,また。

こんばんは

今夜はものすごく蒸し暑いです。いくら風通しの好い我が家でも,今夜はエアコンなしでは寝られそうにありません。

さて,退院して約3週間になります。体調は未だに十分という感じではないです。両脚の筋力は落ちたままで,階段を登るには手摺りが必要です。少し身体を動かすと息切れがしてしまいます。口内炎は痛みはもうほとんどなくなりましたが,味覚障害が酷くて何を食べても美味しく感じません。当然食欲もないです。体重も退院した当日の方が今より1kgほど多いくらいです。あまり体調が良くないというとまた入院させられそうなので主治医のK先生には「まずまず」と言っておきましたが,まぁあまり良いとはいえません。ま,それでも少しずつではあるけど,回復に向かっているんじゃないかなという気はしています。

ところで,今回の入院中,初日から退院前日までずっと点滴を受けていたんですが,点滴の注射針は僕の場合,たいてい1週間くらいで使えなくなります。その度に点滴の注射針を差し替えるわけですが,これが実はけっこう大変です。僕が最初に入院した去年の1月頃は,点滴の注射針を打つ静脈は直ぐに見つかりました。ところがオプジーボを2週間毎に点滴投薬するようになり出した頃から,点滴の注射針を打つ静脈が見つかりにくくなってきました。看護師さんに聞いた話では,静脈も嫌がって逃げるのだそうです。そんなわけで,オプジーボの最後の方では担当の若いドクターが1回で静脈に注射針を入れられずにやり直すということが何回かありました。今回の入院中はドクターではなく看護師さんが点滴の注射針を打ってくれてたんですが,看護師さんではベテランと初心者とではぜんぜんその技術が違います。まだ慣れてない看護師さんだとなかなか静脈に針が入らなかったりしてけっこう痛かったりスンですが,ベテラン看護師さんだと1発でスッと静脈に針が入ります。僕は看護師さんの名前はあんまり憶えない方でしたが,今回の入院では点滴注射をしてくれるベテラン看護師さん2人だけはしっかり名前を覚えました。申し訳ない気はしましたが,点滴針を刺し替える時にはそのどちらかの看護師さんにお願いするようにしました。

それから,男女雇用機会均等法により男性の看護師さんが誕生しましたが,僕のわがままな感じを言うと,男性患者からするとというよりも僕からすると看護師さんはやっぱり女性に限ります。男性看護師さんでよかったなと思ったことは1度もありません(別に男性差別をしてるわけではないんですけどね)。

甲子園も連日の熱戦,面白いです。

それでは,また。