偉人伝シリーズを書こうと思いまして今日は第一段。
このシリーズでは好きな人とクズとしか思えない人とゴッチャに書いていきます。
そんな中、今日は好きな人。
手塚治虫氏。
なにやら生誕90年記念でなんかやってます。
この人、死んで実は2歳若かったことが判明しました。
若く言うのは結構いますが、彼は2歳年上にしていた、死ぬまで。だから90年といわれてもファンであればあるほどどっちの?みたいなことになる(笑)
それは少しおいといて、彼は「漫画の神様」「日本アニメの父」と言われてたのに、
すごく貪欲で、嫉妬深く、有能な後輩を蹴落とすという性格で有名だ。
面と向かって、「あなたは下手だ!」「あなたの絵なんて僕にも描けるよ」 と、尊敬してきた後輩たちにガチガチに敵意むき出しにしてケチョンケチョンにけなしたという。
ゲゲゲの水木しげる氏、アキラの大友克洋氏、ドラえもんの藤子不二雄氏、仮面ライダーの石ノ森章太郎氏、梅津一夫氏などを面と向かってけなした話しは都市伝説化している。
石ノ森章太郎氏の原稿をビリビリに裂いて下手くそだと言ったり、実は嫉妬で。
藤子不二雄氏の解散時に、二人じゃなく一人なら勝てると言い放ったり。
みんな尊敬してて、勝とうなんて思ってませんから(笑)
まあ、そういう嫉妬深いエピソードの多くは長嶋さんと同じで都市伝説化したものも多いが、下地にはやはりそういう性格だったんだろう。
さて、彼は医師免許を持ってるで有名だった。自分が宣伝してたからね。かつての本には必ず大阪大学医学部卒!と書いてあった。
しかし彼が死んで大阪大学医学部じゃなかったことが、生年月日の詐称と共に発覚した。
彼は旧制中学のあと、浪速旧制高校に行きたかったが不合格。そこで大阪大学の付属の軍医養成専門学校に行った。当時、戦争の激化で軍医が相当数必要になった時で、大学医学部という正規なルートから大きく外れても慣れた。
彼の学歴は今で言う高卒であり学士を持っていないのだ。
大阪大学医学部に行くには、旧制高校に行くか大学予科にまず行かなければならなかった。
そこで彼が考え出したのが、「浪華高校」という存在しないものをでっち上げることだった。
初めは浪華高校、大阪大学予科、と偽わったりしたが、さすがに大阪大学予科なるものは存在せず、必要ないので、浪華高校のあと大阪大学医学部という詐称に固定した。この架空の高校を作り上げたため、二年年齢をとっていることにしなければならなくなった。
これが年齢二年詐称の有力説だ。
浪華高校という高校にも行ってないし(そもそも存在しない)、大阪大学医学部にも行っていない。
学部卒の称号学士も持ってない。
ただ医師免許は専門学校に行って取得している。
そして大阪大学ではなく知り合いの奈良の大学で医学士を取得している。絵が上手いので顕微鏡で観たもののイラストを描いただけ取得と揶揄されてもいる。
ちなみに手塚治虫氏の曾祖父は自身が描いた「陽だまりの樹」の主人公手塚良仙で、有名な蘭方医。緒方洪庵の適塾で福沢諭吉らと学んでおり、適塾は実はまさに大阪大学医学部の前身と言われているものだ。現存する建物はいまだに医学部が管理している。なんとも不思議なものだ。
どうして2歳ごまかし、架空の高校までもでっちあげてまで、大阪大学医学部といいたかったのか。我々にははっきりわからない。医者免許もってんなら、どうでもいいじゃんとも思う。個人的にものすごい学歴コンプレックスがあったのかもしれない。
彼の火の鳥、ブラックジャック、ブッダなどが傑作なだけに学歴詐称したことは信用できない人間だという意味でありとても残念だ。
