こんにちは。


平昌オリンピックが閉幕し、僕の生活もまたいつものリズムに戻ったこの数日。

 

嬉しい事に、知子ちゃんの平昌オリンピックの演技は、


順位以上に世界中の多くの方々を感動させ、称賛されているようです。


読者の方から教えてもらった記事の紹介などもあわせて、


あの感動の時を振り返りたいと思います。

 

 


宮原知子、「魂の240秒」に“伝説”バトン氏ら賛辞 
ISU公式「絶品の演技だった」


平昌五輪は23日、フィギュアスケートの女子フリーが行われ、
ショートプログラム(SP)4位の宮原知子(関大)は146.44点をマーク。
合計222.38点でフリー、合計ともに自己ベストの会心の演技となったが、
メダルには届かず4位となった。
しかし、国際スケート連盟(ISU)、海外の伝説の名手が
「絶品の演技」「宮原にとって良い滑りだった」と賛辞を送っている。

 


怪我を乗り越えた全日本女王の「魂の240秒」
…国際スケート連盟、バトン氏も称える


平昌五輪は23日、フィギュアスケートの女子フリーが行われ、
ショートプログラム(SP)4位の宮原知子(関大)は146.44点をマーク。
合計222.38点でフリー、合計ともに自己ベストの会心の演技となったが、
メダルには届かず4位となった。


しかし、国際スケート連盟(ISU)、海外の伝説の名手が
「絶品の演技」「宮原にとって良い滑りだった」と賛辞を送っている。

日本の19歳が「ミス・パーフェクト」の異名を、五輪の銀盤で証明した。
オペラ「蝶々夫人」の曲に乗せて、冒頭の3回転ループ、

3回転ルッツ―3回転トウループも着氷。
3回転フリップも決め、後半に入っても4本のジャンプをすべて成功させた。
会心の4分間を演じ切ると、珍しく感情を爆発させ、渾身のガッツポーズを繰り出した。
それほど、最高の演技だった。

 

フリー、合計ともに自己ベストをマークし、222.38点の高得点。
3位のケイトリン・オズモンド(カナダ)にこそ及ばなかったが、
股関節の疲労骨折から1年近いブランクを経て復活した全日本女王の迫真の舞いは、

観る者の心を打った。
ISU公式サイトは、女子の戦いの総括記事の中で
「サトコ・ミヤハラは『蝶々夫人』で絶品の演技を提供し、

222.38点で4位となった」と称えている。

 


“最後の五輪連覇”バトン氏

「不要な腕の動きがない」「良いレイバック」

 

一方、羽生結弦(ANA)が達成する前の“最後の五輪連覇”ディック・バトン氏は、
自身のツイッターで演技中に次々と投稿した。


「宮原のリバーススピンは独特で難しい」
「宮原は不要な腕の動きがない」
「宮原はしっかりとジャンプしている」
「宮原の良いレイバック」

 

辛口でも知られる88歳だが、

最後は「宮原にとって良い滑りだった」と技術面を含め、評価していた。

15歳アリーナ・ザギトワ、18歳エフゲニア・メドベージェワの2人による

異次元の金・銀決着となったが、
故障を乗り越え、自分らしさを五輪という大舞台で出し尽くした宮原の演技もまた、

心に残るものだった。


(THE ANSWER編集部)

 


そしてこちらもまた、僕の気持ちを代弁してくれる様な、心底共感できる嬉しい記事。


僕のデレデレ文章と違って、大切なところを的確な表現で書いてくれています。

 

 

宮原知子に心を揺さぶられる理由
日刊スポーツ


五輪が面白いのは、必ずしも実際の順位と自分の見た印象が合致しないところだ。
それは選手たちに、自らの価値観や美意識、人生観を投影して見てしまうからだと思う。

フィギュアスケート女子シングルの私の中の金メダルは、

惜しくも4位に終わった宮原知子だった。
 
フリーで演じた「蝶々夫人」は、派手さはなかったが、一つ一つの技に心が込められていて、
実にていねいで、静かな艶やかさがあった。
曲に合わせた切ない表情の変化も細やかで、それでいて芯の強さも伝わってきた。
日本の女性の魅力をすべて集めたような演技は、美しい伝統工芸品のようにも見えた。

フィギュアスケートの見どころの一つは、選手の演技に個性やお国柄が表れるところだ。

 

宮原は152センチの小さな体で、蝶々夫人の悲哀を実に繊細に、謙虚に表現した。
点数には出ない部分に、彼女にしか出せない「和の美」を見事に花開かせたと思う。
ケガに悩まされながらも、我慢強く、丹精込めてつくり上げてきたことも伝わってきた。
もちろん金、銀を独占したザギトワとメドベージェワの、メリハリの効いた華麗さと、
激しい動きの中で跳ぶ高いレベルのジャンプは、それはそれで圧巻で、感動した。

 

順位に異存はない。
でも、派手で力強い美しさよりも、私は謙虚で、さりげない美しさの方により強くひかれた。
これまで気づかなかった自分を見つけたようでもあった。 

すべてのジャンプを成功させて、自己ベストも更新した。それでもメダルには届かなかった。
でも宮原は涙をこらえ、笑顔を浮かべて言った。
「悔しいけど自分のやれることはすべてやりました。この場に来られて光栄でした」。
そのけなげさ、切なさに、私はまた胸を打たれたのである。

 

【首藤正徳】

 

 

 

セカオワの「サザンカ」が聴こえてくると、


あの感動を思い出して、冷静ではいられなくなります。


そして、一番困るのはここの部分です。


口をあんぐり開けて踏ん張らないともう抑えきれなくなってしまいます・・・。

 

 

嬉しいのに涙が溢れるのは

 

君が歩んできた道のりを知っているから

 

 

 

平昌、知子ちゃんを始め、期待された日本の各選手が頑張ったおかげもありますが、


当初の懸念が見事に払拭されたとてもいいオリンピックでした。

 

オリンピック招致が決まって、開催に漕ぎ着けるまでは、


本当に平昌で大丈夫か?と、とても不安でしたが、


終わってみると、何だか心地よい感謝の気持ちしか浮かんできません。

 

 

「ピョンチャン」という響き・・・


今では、知子ちゃんの前に置かれていたあのウサギを連想してしまう、


可愛い響きに聞こえてしまうのだから僕も単純な奴です♪~( ̄ε ̄;)

 

 

何より、知子ちゃんが、憧れ続けてきたオリンピックの舞台を、


心から楽しむ事が出来た様子が自身のブログからも伝わってきます。


知子ちゃん、本当に嬉しそう。


良かった良かった・・・。

 

 

*画像、ありがたくお借りしますm(u_u)m

 

 


4位という順位も、また次のオリンピックへ向けての良いモチベーション。


おかげで僕たちはまた、知子ちゃんの演技を4年間見せてもらえるのだから。


「スポーツ医師」の目標は、もう少し先送りにしておいてね。


ありがたやありがたや・・・。