こんばんは。
毎年この時期になると早く季節が進めばいいなと思うのですが、
今年だけは、ゆっくりゆっくり時が流れてほしいと願います。
苦しい時の神頼み・・・。
先日、知子ちゃんが京都の白峯神社に参拝されたとの記事を見ました。
ファンの皆んなのツィートにも、神様お願い的なものが増えて、胸が熱くなります。
今の知子ちゃんの、神様にもお願いしたい状況を思う時、
一応信仰心のある者の端くれとして、何か参考になる言葉をと探していたのですが、
もういい加減まとめなければいけません。
知子ちゃんが苦しんでる今、メッセージも送れないのでは、
何のための知子ちゃん応援ブログ(!?)なのかわかりませんからっ ┐( ̄ヘ ̄)┌
まず前提として、神と佛は同義同体、同じものだという事。
この世の中、宇宙大自然を動かす大きな力はただひとつだという事。
だから、神社に参拝した知子ちゃんが、佛教の教えに耳を傾けたとしても、
功徳・ご利益こそあれ、何の問題もありません。( ̄ー+ ̄)
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〈 苦集諦と滅道諦の実相 〉
神佛は、さとりのために苦を示される。
しかし、苦をもって教示されても、無関心か無理解か誤った了解(りょうげ)の場合は、
正しくさとるように、次々と苦をもって示現されるので、
まるで苦が集まってくるように考えられる。これを「苦集」と呼ぶ。
人は簡単にさとれないので、必ず二度三度とさとしを与えられる。
それを俗に「二度あることは三度」と、不幸・変事の場合によく注意するように
警めて言うのである。
正しく悟り、正しく行じなければ、苦集から本当の解脱・滅道を得る事は出来ない。
しかし、物事の進歩や発展は、苦集の正しい了解(さとり)によって達成されるといって
過言ではない。
それ故に、苦集は必ずしも不幸厄災とは限らないのである。
〈 名利のために修するな 〉
名声や利欲を求めるだけの信仰はなすべきではない。
一見信仰を求めるのは、ご利益を得たいと思ってのためなのに、
まるで逆ではないかと思えるが、決してそうではない。
それは信仰に対するものの考え方が違うからである。
ご利益を求める信仰は、ちょうど光を背にして大地に映る自己の影を踏もうと
努力する事と同じである。
一歩踏み出せば、影も同時に一歩先に移ってしまい、
何処まで行っても己が影を踏む事はできないものである。
それを光に向かって進めば、いやでも影は、己の後から付いて来るものである。
光は神佛であり、影はお蔭であり、ご加護であり、ご利益である。
苦悩災厄は、神佛のさとしであり、お知らせであるという大自然の法理を
会得しなくてはならない。
そして、神佛が人に与えられるご意趣の意味をさとり、ご意趣に遵って行動すれば、
万事が如意に仕合わせていき、功徳を成す事を得て、
ご加被、ご利益を与えられることを得るものである。
〈 自力(りょく)と他力 〉
自力とは、自分の力や考えで一切の動作を成すということではない。
自力とは、修行は自己の力でなさねばならないという事である。
所願は他力である。
信仰でお願いし、おすがりし、お力や智慧をお借りするのは、
自己以外の神佛という他のお力に依らねばならないのである。
人間の小さなお力ではなく、神佛の大きなお力の能きにおすがりし、
ご加護・ご加被をいただくことを「他力」というのである。
〈 いいようになる(如意)を会得せよ 〉
ともすれば人間は、自己の思うようになることが幸せと考えがちである。
それ故に、物事が順調に行く時には自己過信に陥り、
自己慢心が出て判断を誤ったりして過失や失敗や緩怠をするものである。
また、自己の考えが必ずしも正しいとは言えないものである。
目前は良くないように見えても、最終的に自己が希望した通りか、
それ以上に良い結果が招来すれば希望が叶うものである。
そうした結果が必ず成り立つことが「いいようになる」事であり、「如意」というのである。
正しい考え方で、信じて実行すれば必ずそのように実現出来ることを会得しなくてはならない。
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知子ちゃんの気持ちは痛いほど分かります。
願い続け、追いかける大きな夢がある事も。
でも、残念ながらお願いするだけで聞いてくれるほど神様は甘くない。
追えば追うほど遠くへ逃げてしまうものもあります。
でも、執着を捨て、出来る限りの努力をしていれば、いつの間にか叶う事もあります。
その辺りの神様のご意趣は、人間にはなかなか分かりません。
与えられた苦悩や困難は、神様からの何らかの合図、お知らせです。
とりあえずはそれに抗う事だけは避けなくてはなりません。
今の現実を素直に受け止め、前向きに善意に解釈すること。
先のことをあれこれ心配しても、人間には、1秒先の事も分かりません。
ある意味達観し、出来る限りの事はやって、後は流れに任せること。
その方が精神的にも楽ですしね。
神様は、知子ちゃんの夢や願いも全て分かっています。
目前は良くないように思えても、最終的には思った以上にいいようになっている・・・。
神様は、冬のオリンピックを舞台にすると、感動的なメイクドラマがお好きのようで。
数えればもう何度泣かされた事かキリがありません、全く。
僕のブログで取り上げた事もある、ダン・ジャンセンの物語、
高橋竜二君の物語、オクサーナ・バイウルの物語・・・。
僕が追い続けた、葛西紀明選手の時もそうでしたね。
そんな悪戯好きの神様のご意趣・粋な計らい?を信じましょう。
神様が知子ちゃんの事を見捨てるなんて絶対にありえないから。
大丈夫だよ、知子ちゃん!
I Have a Dream / Libera