こんにちは。
前回の東大寺の早朝拝観を終え、一路「新薬師寺」を目指します。
一路・・・とは言うものの、そのお寺の正確な場所は知りません。
だって、初めて行くんですから。
何となく、奈良公園を南の方に向かえば行けそうだなー的な認識しかありません。
でもまあ、いいじゃないですか。
迷ったところでジャングルじゃあるまいし、鹿に食われることもないだろうし・・・。
若草山沿いの遊歩道を南に歩き、春日大社周辺らしき一帯に足を踏み入れます。
「新薬師寺」まで、徒歩約15分。ほら、大丈夫。
分かりやすい「車道」ではなく、雑木林の中の「歩道」を歩いていて、
しかもまだ「朝」と言っていい時間帯。
こんなところに観光客はそれほどやっては来ません。
春日大社の一帯を抜けると、閑静な住宅地に出ました。こんなところにあるのかな?
それでも、方向的には間違っていないようなので、歩を進めると、ありました。
新薬師寺到着です。確かに分かりにくい場所。
境内に入ると、「十二神将像」が安置されている本堂が、静かに迎えてくれます。

薬師寺・・・と言えば、当然そのご本尊は「薬師如来」です。
そして、十二神将は、薬師如来を守護する「眷属」(家族・一族)として存在する神です。
お堂の中心に鎮座する薬師如来を取り巻くように、目的の「十二神将像」がそこにありました。
ここで、お寺のひとつの拝観うんちくを。
順路が指定されていれば、それに従えばいいのですが、先日の東大寺戒壇堂やこの新薬師寺は、
仏像群を見学するために、その須弥壇をぐるっと一周できる配置になっています。
そんなときの基本は「時計回り」。
つい右手の方に進んでしまいがちですが、そうすると「反時計回り」になってしまいますよね?
その根拠についてよく言われるのが、
仏教界では、人間の左手は不浄の手、右手が清浄の手、というもの。
なので、時計回りに回れば、ご本尊に対して左手を見せず、右手を見せて回るようになる、
という事になります。
そして、これは四天王を巡る時だけに通用する話かも知れませんが、
麻雀でおなじみの「東南西北」の順。
さらにそれを四天王の配置に置き換えると「持国天」「増長天」「広目天」「多聞天」となります。
四天王の名前を覚える時の文句に「地蔵買うた(じぞうこうた)」というのがありますが、
それにも対応します。
なので、とりあえずご本尊に手を合わせた後は、左回りに。

新薬師寺本堂「薬師如来坐像」と「十二神将立像」
「十二神将像」は、戒壇堂の「四天王像」と同時期、
奈良・天平時代の仏教美術の傑作と言われます。
それぞれに個性あふれるポーズを取り、造形的にも優れた群像です。
「塑造」と言われる、粘土で作られた仏像が、1300年近い年月を経て、
多少の修復はされながらとは言え無事に存在しているわけで、しみじみと感動。
今でこそその像は、色がほとんど退色してしまい、落ち着いた佇まいを見せますが、
造立当時は、全身に華やかな彩色が施されていた事が分かっています。
このお寺にはその当時の彩色をCGで復元を試みた時の映像も流されていて、
おみやげ用の絵葉書もありました。

十二神将「伐折羅大将」CG彩色再現
そして次は「阿修羅像」の待つ、興福寺へ。
これまたその道中にもいろいろと見どころはあるのですが、今日の主目的ではないので、
とりあえずは、奈良公園・鷺池に浮かぶ檜皮葺きの「浮見堂」の画像を・・・。

興福寺はこれまた東大寺に並ぶ大寺院です。
東金堂、五重塔、南円堂といった建築群とともに、
膨大かつ貴重な仏像を集めた「国宝館」という施設があります。
ここにもとても紹介しきれないほどの国宝が収蔵されていますが、今日のお目当ては「八部衆」。
こちらも奈良時代に作られた仏像ですが、十二神将とは異なり、
「脱活乾漆造」といわれる手法によります。
その中の一体が、とりわけ人気の高い「阿修羅像」です。

八部衆立像「阿修羅像」

八部衆とは、古代インドで信仰されていた鬼竜が、お釈迦様に教化され、
仏教の教えを守護する「眷属」となったものと言われ、
善神となった後も、そのどれもが「異形」の姿で現されています。
阿修羅像は、元は、戦闘好きな鬼神「アスラ」から来ていると言われますが、
少年を思わせる細身の肢体と、憂いをたたえる3つの表情、
そして6本の腕の調和が絶妙の美しさを奏で、とても魅力のある仏像です。
その他の七体も、それぞれに個性のある群像美を構成しています。

八部衆立像のうち「沙羯羅(さから)像」

八部衆立像のうち「迦楼羅(かるら)像」
そして、興福寺の僕的見どころをさらにもうふたつ。
ひとつは、先回の東大寺南大門の「金剛力士像」と同じ鎌倉時代に作られた木造の仁王像ですが、
人間の実寸大に作られたこちらもまた迫力満点。

金剛力士立像(阿形) (吽形)
ふたつめは、いつもは仏教の信仰を妨げる悪魔として、
また、いくら諭しても言う事を聞かない「天邪鬼(あまのじゃく)」として
四天王に踏みつけられているのが定番の「邪鬼」ですが、
興福寺には、その邪鬼がすっかり改心して四天王の部下となり、
得意げに仏教に仕える仕事をしている姿を描いた「天燈鬼像」「龍燈鬼像」があります。
「邪鬼」のファンもけっこういるとの事で、そんな方におすすめしたい、
鎌倉時代のユーモラスな秀作です。

龍燈鬼像 天燈鬼像
これまで見てきた戒壇堂の「四天王像」、新薬師寺の「十二神将像」、
そして興福寺の「八部衆」は、もちろん「仏像」の範疇にあるものではありますが、
同時に、信仰的な意味合いを離れても、「彫刻美」「芸術品」としての価値も高く、
西洋美術の「ダビデ像」や「ミロのヴィーナス」などと比較鑑賞しうる、
日本が世界に誇れる優れた文化財だと言えます。
「〇〇の」という注釈をつけるのは、四天王も阿修羅像も、あちこちのお寺に存在し、
その作られた時代や手法が異なれば、全く別物となってしまうからです。
最近は「仏像ガール」なる人種?も存在し、「御朱印」集めも静かなブームの様で、
何はともあれ、こういう古い文化財、美術品が見直されるのは、とても良い事だと思うのです。
皆さんもぜひ、古き良き都・仏教美術の宝庫、奈良へお越しください。