1994年、リレハンメル冬季オリンピック。
そのオリンピックは、スキャンダラスな事件から始まった。
フィギュアのアメリカ代表を争う全米選手権の最中、
優勝候補のナンシー・ケリガンが何者かに襲われ、怪我を負うというニュースが飛び込み、
程なく、それを指示したのが同じく代表候補のトーニャ・ハーディングだったというのだ。
結果、事件の真相は不透明なままオリンピックは開幕し、
アメリカ代表は、全米を欠場したものの、特例により実績を評価されたケリガンに決まった。
選手権優勝のハーディングも一時は失格とされたが、
半ば強引に割り込むような形でリレハンメル入りした・・・。
そんな醜い話題はそこそこに、今日のヒロイン、オクサーナ・バイウルについて記したい。
彼女は、3歳の時、両親が離婚、10歳の時に祖父母、13歳で母を亡くす。
親代わりとして彼女を育てたのは、コーチのガリーナ・ズミエフスカヤ。
そして、アルベールビル金メダリストのヴィクトール・ペトレンコも
彼女の活動を支援したという。
そしてその才能は見事に開花してゆく・・・。
実は僕はその頃、フィギュアからは遠ざかっており、
オクサーナの名前も、その前年に世界選手権を制した実力も何も知らなかったのである。
加えて、上記のゴタゴタで、女子フィギュアには全くといっていいほど関心がなかった。
そして、オリンピックの舞台で、また事件、いや事故が起きた。
SPを2位で折り返したオクサーナは、フリー前日の練習で、他国の選手と激突、
足に3針縫う怪我を負う。
昨年、羽生君が遭遇した、あれである・・・。
しかし彼女は痛み止めを射ち、翌日のフリーに出場する。
(そんな刻一刻の動向が伝わってくるのも、
規模の小さい冬のオリンピックの楽しみのひとつでもあるのですが)
そんなニュースを耳にはしつつも、
スキージャンプとスピードスケートの狭間の競技のような位置づけでフリーを観戦した。
例によってまたまたお騒がせのハーディングが靴ひもが切れたといって泣き出し、
競技の進行は混乱していた。
そんな中、オクサーナの演技が始まった。
16歳。華奢な体型がまだ少女を感じさせ、足の包帯が痛々しい。
しかし、ミュージカル仕立てのそのプログラムを滑り始めたその瞬間、
僕のフィギュア愛が突然再燃したのだった。
太田由希奈さんを紹介する記事の中で、「恋をするのに1秒もいらない」という
CMの一説を使わせてもらいましたが、
実はオクサーナに感じたのがその最初だったのです。
この娘は違う!という直観と確信。
もうそれからの4分間は、食い入るように魅入ってしまった。
バレエの動きを取り入れた、何ともしなやかで豊かな表現力。
一挙手一投足全てに神経が行き届き、魅力的なスケーティングだった。
怪我の影響も多少はあったものの、見事に彼女はプログラムを滑り切った。
キスクラに戻ってコーチのズミエフスカヤと得点を待つ間、
すでに彼女はこらえる痛みと滑り終えた安堵感がない交ぜになり、もうボロボロ。
そして得点が発表され、SP1位のケリガンを逆転で破ったことを知り、また号泣。
テレビの前の僕もまた・・・(T▽T;)
翌日、EXの白い衣装で登場した彼女は、晴れやかな表情で、透き通るように綺麗だった。
そして「白鳥の湖」を演じる彼女は、まさにTVアナウンサーの表現の通り、
「リレハンメルに舞い降りた一羽の白鳥」だった。
この美しいフィギュアのプログラムは、いまだに僕の中のNo.1!
(由希奈さん、真央ちゃん、ゴメンね・・・σ(^_^;)!)
その後、長野オリンピックに来てほしいと願ったものの、彼女はプロに転向してしまう。
本来なら、当然彼女を追いかけるところだが、しばらくしてそれもやめにした。
その辺の事情をなんとなく察しが付く方も多いと思いますが、
彼女はまた変わってしまう。それもとんでもない方向に・・・。
ほんの束の間の幸福な時間。
僕を虜にした白鳥は、あっという間に僕の前からどこかへ消え去ったのだった。
彼女の祖国は、ウクライナ。
今頃、彼女は何をしているんだろうか・・・。
SP 1994 Lillehammer
FP 1994 Lillehammer
EX 1994 Lillehammer
そして、兄貴・ペトレンコとのEXアンコールでの共演も!
EX2 1994 Lillehammer
そのオリンピックは、スキャンダラスな事件から始まった。
フィギュアのアメリカ代表を争う全米選手権の最中、
優勝候補のナンシー・ケリガンが何者かに襲われ、怪我を負うというニュースが飛び込み、
程なく、それを指示したのが同じく代表候補のトーニャ・ハーディングだったというのだ。
結果、事件の真相は不透明なままオリンピックは開幕し、
アメリカ代表は、全米を欠場したものの、特例により実績を評価されたケリガンに決まった。
選手権優勝のハーディングも一時は失格とされたが、
半ば強引に割り込むような形でリレハンメル入りした・・・。
そんな醜い話題はそこそこに、今日のヒロイン、オクサーナ・バイウルについて記したい。
彼女は、3歳の時、両親が離婚、10歳の時に祖父母、13歳で母を亡くす。
親代わりとして彼女を育てたのは、コーチのガリーナ・ズミエフスカヤ。
そして、アルベールビル金メダリストのヴィクトール・ペトレンコも
彼女の活動を支援したという。
そしてその才能は見事に開花してゆく・・・。
実は僕はその頃、フィギュアからは遠ざかっており、
オクサーナの名前も、その前年に世界選手権を制した実力も何も知らなかったのである。
加えて、上記のゴタゴタで、女子フィギュアには全くといっていいほど関心がなかった。
そして、オリンピックの舞台で、また事件、いや事故が起きた。
SPを2位で折り返したオクサーナは、フリー前日の練習で、他国の選手と激突、
足に3針縫う怪我を負う。
昨年、羽生君が遭遇した、あれである・・・。
しかし彼女は痛み止めを射ち、翌日のフリーに出場する。
(そんな刻一刻の動向が伝わってくるのも、
規模の小さい冬のオリンピックの楽しみのひとつでもあるのですが)
そんなニュースを耳にはしつつも、
スキージャンプとスピードスケートの狭間の競技のような位置づけでフリーを観戦した。
例によってまたまたお騒がせのハーディングが靴ひもが切れたといって泣き出し、
競技の進行は混乱していた。
そんな中、オクサーナの演技が始まった。
16歳。華奢な体型がまだ少女を感じさせ、足の包帯が痛々しい。
しかし、ミュージカル仕立てのそのプログラムを滑り始めたその瞬間、
僕のフィギュア愛が突然再燃したのだった。
太田由希奈さんを紹介する記事の中で、「恋をするのに1秒もいらない」という
CMの一説を使わせてもらいましたが、
実はオクサーナに感じたのがその最初だったのです。
この娘は違う!という直観と確信。
もうそれからの4分間は、食い入るように魅入ってしまった。
バレエの動きを取り入れた、何ともしなやかで豊かな表現力。
一挙手一投足全てに神経が行き届き、魅力的なスケーティングだった。
怪我の影響も多少はあったものの、見事に彼女はプログラムを滑り切った。
キスクラに戻ってコーチのズミエフスカヤと得点を待つ間、
すでに彼女はこらえる痛みと滑り終えた安堵感がない交ぜになり、もうボロボロ。
そして得点が発表され、SP1位のケリガンを逆転で破ったことを知り、また号泣。
テレビの前の僕もまた・・・(T▽T;)
翌日、EXの白い衣装で登場した彼女は、晴れやかな表情で、透き通るように綺麗だった。
そして「白鳥の湖」を演じる彼女は、まさにTVアナウンサーの表現の通り、
「リレハンメルに舞い降りた一羽の白鳥」だった。
この美しいフィギュアのプログラムは、いまだに僕の中のNo.1!
(由希奈さん、真央ちゃん、ゴメンね・・・σ(^_^;)!)
その後、長野オリンピックに来てほしいと願ったものの、彼女はプロに転向してしまう。
本来なら、当然彼女を追いかけるところだが、しばらくしてそれもやめにした。
その辺の事情をなんとなく察しが付く方も多いと思いますが、
彼女はまた変わってしまう。それもとんでもない方向に・・・。
ほんの束の間の幸福な時間。
僕を虜にした白鳥は、あっという間に僕の前からどこかへ消え去ったのだった。
彼女の祖国は、ウクライナ。
今頃、彼女は何をしているんだろうか・・・。
SP 1994 Lillehammer
FP 1994 Lillehammer
EX 1994 Lillehammer
そして、兄貴・ペトレンコとのEXアンコールでの共演も!
EX2 1994 Lillehammer