我が家はDWE (Disney's World of English) を受講しています。
娘が生後数ヶ月の時に購入したので、もうすぐ受講歴3年です。
決して真面目な生徒とはいえず、本来、毎日少しずつでもよいから教材に触れましょう、という趣旨に反して、我が家では娘や私が気が向いたときのみにDVDやCDを流す程度。
DWE受講3年だと、早い子なら簡単な会話はできる子もいる中で(これ、本当。この教材の成果はすごいと思います。)、我が子はようやく、What's your name? My name is XXX. を言える程度(それも、文章を理解した上での会話と言うより、単にやりとりを覚えている、という感じ)。
もはや「DWEやってます」というより、ただ「DWE持ってます」くらいになりつつあります。
それでも、我が家では、今のところこれでいいかな、と思っています。
おそらくDWEを受講する多くの親御さんと、我が家の考え方で、一つ大きく違う点があるとすると、それは「DWEで英語が話せるようになってほしい」というわけではないこと。これは主人も同じ考えです。
英語は、ある程度(仕事で必要な程度)は、大きくなってからでも十分習得できると思っています。周りで英語を駆使して活躍する人を見ていてそう思うし、自分自身も、初めて英語に触れたのは中学生の時。それでも、アメリカのIvy Leagueに入学できたし、大手外資系企業で仕事ができています。
でもそれは、あくまで、言語=ツール、としての英語。
私が子供に触れさせたいのは、英語ではなく、海外のカルチャーや考え方です。
そして、それを自らの行動に反映させることができるレベルまで習得するには、そのものに幼い頃から触れるに超したことはないと思っています。
つまり、英語の環境に対してアレルギー反応がなく、「自然な形で」受け入れられる大人になるには、子供の頃から触れてるのが一番の近道で、そのために英語は不可欠だと思っています。
アレルギーさえなければ、大人になってからでも自分の意欲次第で、英語なんぞはいくらでも習得できる。それは、文法にしろ、発音にしろ。
だから、今や早期英語教育とか注目されているけれど、単に語学としての英語だとしたら、そこまで重要ではない気がしています。
早く始める唯一の利点としては、耳(ヒアリング)と口(発音)がネイティブに近くなる、または大人になって勉強する際にキャッチアップしやすい、ということくらいだと思います。(この利点だけでも騒ぐに値すると感じる方も多いかもしれませんが。)
だから、我が家ではDWEを学習する上で、英語が話せるようになるかは二の次で、少なくともあと数年は、とにかく英語に触れ、ネイティブの先生と会って、「いつもとは違う世界があるんだ」「英語を話す文化があるんだ」ということを体に染みこませられたら、それで十分だと思っています。
そして同時に、DWEをする上で、自分なりに気をつけていることがあります。
それは、「英語はあくまで第二外国語で、母国語である日本語が第一に大切であることを忘れないこと。」
自分の個人的な経験や、バイリンガル育児に関する論文等を読んで強く感じることは、思考力を養うには、物事を考えるための言語がしっかりと確立していることがとても重要であるということです。
よく、私さんは英語ぺらぺらなんだから、家では英語話せば?と言われるのですが、これは(少なくとも今は)絶対にやらない、と決めています。英語が母国語ではない親が、子供との会話の第一言語を英語にするのは、個人的にはすごく危険だと思っています。
子供は親との会話から、単なる言語ではなく、思考力などの考え方を学ぶだろうに、親が限られた英語力で会話をすると、その子の国語力もそこで止まってしまう気がするからです。
思考力などの「考え方」は、どの言語でも鍛えられて、他言語にも応用できるものだと思うので、だったら私は日本語での会話に特化して、英語は別のところで学んでもらう方が、娘にとって得られるものが多いように思います。
だからDWEを受講する上で、決して英語中心の日常にならないようにだけは、親として気をつけています。例えば読み聞かせも、もし時間が限られる中で選ぶとしたら、DWEではなく、日本語の本。まずは、日本語をしっかり身につけることが第一で、DWEはあくまで時間が余ったときの教材です。
そんな中、先日ちょっとした嬉しいことがありました。
DWEではネイティブの先生と会って話をする機会がたくさんありますが、娘はほとんど会話はしない(できない?のか分りませんが)ので、発する英語と言えば、Hello と My name is XXX. くらいです。
ですが先日、DWEとは全く関係のないネイティブの方にお会いした時、先方が Hello と言うと、娘も Hello. と言い、そしてなんと自分から手を差し出して握手を求めたのです!
これには正直、ひどく驚きました。
先方の男性も、まさか3歳の日本人の女の子から握手を求められるとは思わなかったのか、一瞬戸惑い、苦笑いしながら、握手をしてくれました。
まさしく、これが私が描いていた、「カルチャーに触れる」ということです。
今回は単なる握手なので、それ自体はたいしたことはありません。でも一つ確かなのは、娘があの場で、「この人には握手を求めるんだ」と理解し、自然と行動に移したこと。そして、そういう「いつもとは違う」カルチャーがこの世には存在するということを当然のように受け入れ、行動していること。
娘は普段は握手を求めることは一切しません。だから、いつもの(日本語での)環境では、握手はしない、ということも理解しているのです。
彼女がなぜ今回握手を求めたのか。
相手が英語で話しかけてきたから?
相手が金髪・茶色の目をしてたから?
それとも何となく?!
もし二番目だとしたら、「相手の見かけだけで使う言葉を判断してはいけない」ことも追々学んでくれると信じるとして、少なくとも、普段とは違う文化があるということを彼女が感じていたことは確かだと思います。
20年後、彼女が社会人として生きていく時代がどんな世の中になっているのか分りません。でも、今日常的に触れている世界が全てではなく、世の中には色々な習慣・考え方があって、それで良いんだ、自分はそういう世界に生きているんだ、ということを、これからも自然な形で吸収していってほしいなと願っています。

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