冬に咲くラベンダー リアリーダー研究所

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ようこそ。リアリーダーの世界へ。やさしく強く安心と信頼と思いやりの世界へとみなさまをご案内いたします。心の宝石箱をどうぞここでそっとあけて思いだせますように



居場所探しの終わり

私たちは、知らず知らずのうちに、自分の居場所を探しているのかもしれません。

役に立っているから。

頑張っているから。

誰かに必要とされているから。

そんな「ここにいていい理由」があることで、安心できることがあります。

もちろん、それは決して悪いことではありません。

誰かから役割を任されたり、必要とされたりすることは、大きな喜びにもなります。

以前の私も、そうでした。

私が長く学んでいたコミュニティには、一人ひとりの役割を大切にする文化がありました。

「あなたはまとめ役。」

「あなたは応援する人。」

「うなずく係さんも立派な役割だよ。」

そんな言葉に救われ、安心した人もたくさんいたと思います。

役割は、人に居場所を与えてくれることがあります。

だから、その時間は私にとっても大切な時間でした。

でも最近、小さな出来事をきっかけに、自分の変化に気づきました。

ある方から、

「切り開く人生に乾杯。」

という言葉をいただきました。

きっと心から応援してくださった言葉です。

それでも私の心には、小さな違和感が残りました。

「私は切り開く人。」

そんな役割を与えられたように感じたからです。

以前なら嬉しかったかもしれません。

でも今は、そうではありませんでした。

今日は前へ進む日。

今日は立ち止まる日。

今日は誰かに支えてもらう日。

人は、一つの役割だけで生きているわけではありません。

変化しながら、迷いながら、休みながら、生きています。

だから最近は、人を役割で見るよりも、一人の人として見たいと思うようになりました。

役割があることで安心できる人もいる。

役割がない自由の中で安心できる人もいる。

どちらが正しいということではなく、その人が今、人生のどんな場所を歩いているかで、心地よさは変わるのだと思います。

今の私は、誰かに「何者か」と決めてもらわなくても、

ただ海を眺め、

好きな文章を書き、

大切な人と笑い合える。

そんな何気ない時間の中に、自分の居場所を感じられるようになりました。

振り返ると、私が探していたのは「居場所」ではなかったのかもしれません。

本当に求めていたのは、

何かができる私だから愛されることでも、

誰かの役に立つ私だから認められることでもなく、

このままの私で、ここにいていい。

そんな、条件のない安心でした。

居場所を探すことをやめたとき、

初めて、自分がずっとここにいたことに気づきました。

私の居場所探しは、静かに終わりました。


一つの場所で長く学ぶことには、大きな安心があります。

でも、ときどき外へ出てみると、「こんな見方もあったんだ」と、新しい風が吹いてくることがあります。

どちらが正しいということではなく、人生のその時々で、必要な学びは変わっていくのかもしれません