朝の対話
ルンバ掃除機という言葉が不快な過去記憶がやって来たことをとらえて思索した結果良い思索になりました。不快を燃料に宝物に錬金術。良い悪いとは違う世界に。学びは続いていますね🌷。奪われた感覚が最後は穏やかにもどりました。トラウマセラピーヨガを勉強しています
ポリヴェーガル理論アーユルベーダ、ヨガを
シームレスに統合する勉強と山伏のまにまにを
私なりに統合した思索です
ベースにはリアリーダーで学んだ
俯瞰する力
被害者意識にならない
自分軸
境界線の愛❤️
などが、キーポイント🔑です
・人は「頭」で覚えていなくても、身体が空気や言葉や感覚を記憶していることがある。
・トラウマや愛着のテーマは、単なる過去の話ではなく、今の人間関係や神経系の反応に繋がっていることがある。
・小さな寂しさや安心不足は、
「人の優しさを受け取りにくい」
「緊張する関係を選びやすい」
という形で現れることもある。
・本音を言うことと、わがままは違う。
・でも、本音をずっと我慢してきた人ほど、他人の率直さを“攻撃”のように感じやすいこともある。
・「深く繋がりたい」と「自由でいたい」は、矛盾ではなく、両方人間に自然にある感覚なのかもしれない。
・神経系が安心していないと、
人を愛することが“自己犠牲”になりやすい。
・優しさと、抱え込みすぎることは違う。
・境界線は、愛がないことではなく、
長く関係を続けるための呼吸みたいなもの。
・「全部を背負わなくていい」
「その先は神様の領域」
という感覚は、今の自分にとても大切。
・ヨガや身体の学びを通して、
“限界まで頑張って解放する”だけではなく、
“循環したまま生きる”という感覚に惹かれ始めている。
・世間的な正解より、
「この身体、この神経系で、私は循環しているか」
を大事にしたい。
・人にはそれぞれのリズムや波がある。
・一直線に進む人もいれば、
サーフィンみたいに波を感じながら進む人もいる。
・どちらが正しいではなく、
「自分の安全安心を、自分で感じて守る」
ことが大切なのかもしれない。
・最近、“まにまに”の意味が少し変わってきた。
流されることではなく、
自分の身体感覚を感じながら、
波と一緒に生きること。


