日付が変わったくらいで新しい自分 に会えるだなんて何だか都合いいなって昔は思っていたけど、
ある日「蘇生」の「何度でも~」の件は、そういう意味なんだって知ってから、自分の感性はまだまだ捨てたもんじゃないぞって思った。
初めまして、25歳の私。
さようなら、24歳の私。
この年になると、ますます「感謝すること」が増えてくる。
例えば私は、ひねくれものでネガティブで性格も決して良くないしひがんだり高圧的だったり、短所を挙げればキリが無い。
友達は決して多くはないし、人と話すのも実は得意じゃない。
なのに、それでも、私の生きてきたこれまでは、実に幸せそのもの。
周囲の人たちは私をどう思っていたか、それを知る術は無い。
でも少なくとも、私は幸せ。確かにいじめめいたものに遭ったり、大病も患ったし、日本の最高学府(笑)の大学院中退もしたし、現在半フリーターだったり。
自分で作り出した外的要因は多少私に不利な事も結構あった。
でも 楽しい事 嬉しい事 美しい事 感動した事 笑った事
その記憶の方が圧倒的で、私のこれまでを、どの側面からどんな風に切って、その瞬間を覗いても、私は幸せだった。
これは今だから、当時を振り返ってそういえるのかもしれないけど。今の私が幸せだから。
でも幸せだと思う要素は、もちろん自分一人で作ったんじゃなく、手を貸してくれた人たちやいつも傍にいてくれた人たち、「愛すべき人」 に、数は少なくとも、世界中どこに出しても自慢出来る自信のある友人たちその全てがあって、多少不器用でもやっと笑って出来る仕事を見つけて、あぁ、明日も私はここにいていいんだと思えるようになった。最近。
うまく言葉に出来ないのだけれども、過去の、つらいと思った時期の私もいたから、今の幸せな私がいる。
やっぱりきっと、選んだ道に間違いなんてものは存在しないのだな。
例えしくじっても、哀しくなっても、それは生きてるからこその感情で、生まれてこなきゃ、何にも無かった。
こんな経験することさえなかった。
だからマミー(実家での呼び方・笑)、私を生んでくれてありがとう。
25歳の私が、より一層輝く事を誓って、それを親孝行に。出世払いに。
私は動かされてるんじゃない。動いてるんだ。
笑うかどうかは誰が決める事じゃない。自分で笑うんだ。
実は私は父親の顔も名前も知らない。だけれども、この遺伝子の半分は父親からなのだなぁ。
考えれば考えるほど不思議でしょーがないのだけれども。
なのに私の遺伝子には、母しか感じない。
きっと母は、父がいない分より更に有り余る愛情を持って育ててくれたんだな。
あたしも今後ますます、母に負けないように、身近な人たちを笑顔にしたいし、愛を注ぎたい。
だから、25歳の私、まず自分自身が幸せを感じていよう。
幸せでいたいから、自分だけじゃあどうにもならない。だからこのブログを読んでる方も読んでない方で私の身近にいる方も、これからもよろしくね。
えへへ。そろそろ寝ようかな。
・・・四捨五入したら30かぁ・・・(はるか遠くを見つめる目)
















