皆さんご存知の宮本 武蔵は五輪書等にて自分なりの理論を書籍にし全世界でも読まれている有名な


書物です。自分も五輪書を読んだ事があり、修羅場や戦いに関しての心構えは大変役に立つ内容だとは


思いましたが、武蔵の生き方は幸せだったかどうかは疑問です。


戦うということに関しては当然生死をわけるわけですから、汚いも何もないというのが武蔵の考え方に


あったのではないかと思います。


その証拠に武蔵は吉岡一門との勝負の時も日本人が好む奇襲にて敵の大将(子供)であるが容赦なくき


りすてました。おそらくそういう事を行う事で敵の動揺を誘ったのだと思います。


その時相手側の立場としては、いきなりそういう状況になった為に精神的にものすごく動揺というか、何が


起こったかわからない状況におちいったはず、汚いといえば汚いが生死がかかると人間はこういう風に


なってしまうのだなと思います(時代背景もあるとは思うのですが)。


もちろんあの時代に生まれれば強さがなければどうしようもない時代背景があったと思います。まさに生


きるか死ぬか、よく考えればとんでもない時代ですよね。


武蔵が強さを求めたのは偉い大名に召抱えられるのが一つの目的だったようです。ただ、きちんと師匠に


つかなかったばっかりにどうしてもいい職にはつけなかったそうです。あんなにあの時代に強いのにもっ


たいないですよね。約60回前後真剣勝負に一度も負けなかったにもかかわらずですよ。


ただ、そういう状況だったからこそあのような有名な剣豪になったとは思うのですが、武蔵のように戦うの


だけが中心になって生きていくのが幸せがどうかは疑問です。


晩年はあからさまにこの人と戦っても自分が勝つなとわかった相手にはこの勝負は自分の勝ちだとはじ


めからいってしなかったそうです。基本的には人をもうあやめたくはなかったように思います。


武蔵は九州の地を最後にあの世の行ったみたいですが、武蔵は生きていく上で幸せだったかどうかは疑


問ですね。