容疑者にされた日
ある日、家に泥棒が入った。
家の中は一切、荒らされてない。
お父さんの給料袋に入った札束だけが、きれいに魔法のように消えていたのだ。
容疑者として、真っ先に疑われたのは、当時小学4年生ほどの私である。
「正直に言いなさい」
「今言えば怒らないから」と母に言われた。
新しいお父さんも口は出さなかったが、こちらを伺っていた。
何度も何度も聞かれたが、取っていなものは、取っていないのだ。
小学4年生で、札束を取ろうなんて、頭の片隅にも浮かんだ事がない。
頑なに認めない私に、業を煮やし、夫婦二人で相談して警察を呼んだ。
警察が来て、指紋を取り、色々な経緯を聞かれた。
当時は集合住宅の1階のポストに、家の鍵を入れて出入りするのが、我が家のマイルールだった。
共働きの、いわゆる「鍵っ子」と言われるどこの家の子供も、そのような流行りがあった。
郵便配達の封書が入るスペースは、手は入らないが、針金で掬えば簡単に鍵を取り出す事が出来ると刑事さんは言った。
今の時代となっては、「泥棒さん、どうぞうちの家に入って下さい!」と言わんばかりのスタイルである。
刑事さんは帰り際に、「疑われて、かわいそうだったね。」と声を掛けてくれた。
実は、犯人に真っ先に疑われた事は、当時はそんなにショックではなかった。
警察が自宅に出入りし、自分の家でテレビのような事件が起こった事に、興奮のようなものを覚えていたからだ。
しかし、この事は、年齢を重ねるうちに後々、まるで心をえぐり取られるかのような、強烈なボディーブローのように効いてきた。
とにかく無口で暗かったかもしれないが、親に口答えをした事もないし、自分の事は自分で何でもし、学校に忘れ物もした事がないような子供だった。
通知表の通信欄も、どの担任の先生も口を揃えたように、「大人しく、いつも落ち着きがあり、しっかりとした子です。」と書いてあった。
なぜ、母は私を疑ったのか。
答えは簡単だ。
私に、私の父親を重ねていたのだ。
「血は争えない」というが、そうだとは一概には言えないと思う。
個人的な意見ではあるが、「血は争えない」よりも、「育ってきた環境」が大きいと思う。
「どのくらい愛情を受けたかどうか」が、人間形成に大きく影響を及ぼすのでは?と考えたりする。
そんな事がなんとなくわかるので、母親の愛情を全く受けていないと思われる、実の父親の事を私は憎んではいないのだ。