母の暴挙

 

 

 

小学3年生の家庭訪問の時の話だ。

 

当時五十代ぐらいだった男の先生が、「この子にはたくさんの本を読ませて下さい。その価値がある。」と母に言った。

 

その話を延々、1時間ほどに渡って力説してくれた。

 

母は、「はぁ、はぁ」と生返事を繰り返し、帰った後に「話が長すぎて足が痺れた」とだけ言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして翌年の小学4年生の時に、私の作文が県で入選した。

 

担任の先生は連絡帳に、「作文の全国コンクールへ挑戦しますので、新しい作文を書かせて下さい。」と書いてくれた。

 

それを見た母は信じられないと言った様子で、何度も何度も読み返しては首をひねった。

 

 

 

 

これがもし、現在私の娘に同じ事が起こったとしたら、「あぁ、神様、私は天才少女を世に生み出してしまいました」と天を仰ぐだろう。

 

 

 

しかし、母にとって私は、「ギャンブル依存症の血をひく娘」なのである。

 

そんな才能などあるわけない!!とばかりに、とんでもない暴挙へ出た。

 

 

 

 

私に鉛筆を持たせ、「お母さんの言った通りに書きなさい。」と原稿用紙に書くように命じたのだ。

 

当時、何の意見も持たなかった私は、母の言う通りに作文を書いた。

 

内心、「全然面白くない」と思いながら書いた。

 

そしてオチには、県で入選した、私と同じオチをなんの脈絡もなく、取って付けたように唐突に最後に持ってきた。

 

「嘘でしょ?」と内心思ったが、母の機嫌を損ねたくなかった。

 

もうハッキリ言って、すべてが支離滅裂の文章だった。

 

 

 

 

担任の先生にそれを提出すると、今度は先生が首を何度もひねった。

 

「〇〇さんらしくないね」と一言だけ言った。

 

全国コンクールへの道は、もちろん途絶えた。

 

 

 

(肩こりにコレよく効きます。)

 

 

 

 

もちろん全国で通用するような才能は全くないのでそこまでだが、子供の能力を信じて伸ばす親の役割というのは大きいと思う。

 

才能があるかどうかは、あまり関係ないと思う。

 

何より、自信を付けさせてやる事が大事な事だ。

 

大人になる過程で、躓く時、苦しい時、辛い時、必ず何度も何度もやって来る。

 

そんな時、何事も、「自分に自信があるかどうか」で決まってくる事が、人生において多々あるからだ。

 

 

 

 

小学3年生の時の、家庭訪問で1時間以上かけて、「この子には本を読ませて下さい。」と言ってくれた先生。

 

担任ではなくなってからも、廊下ですれ違う時には必ず、「〇〇、本は読んでるか?」と何度も何度も声を掛けてくれた。

 

放課後、運動場で遊んでいると、車で帰る先生が私を見つけ、わざわざバックし、窓を開け「〇〇、本は読んでいるか?」と聞いてくれた。

 

クラスで全く目立たない私に、目を掛けてくれていたのである。

 

何かしら暗い表情や雰囲気をべっとりと張り付かせている私を、心配してくれていたのもあるだろう。

 

 

 

親でなくても、しっかりと見ていてくれる大人は、私の周りに確かに存在していたのだ。