以前のブログで父の事を、「本当に血の通っている人間なんだろうか」と書いた。
”情”というものが欠落しているように思えるのだ。
”情”がないとは、父には幼い頃より”愛情”をもらっていないからでは?と思える。
数少ない母からだけの情報だけでの推測にしか過ぎないが・・・。
父には母親がいたが、いわゆる”ママ母”というもので、靴下さえ買ってもらえなかったそうだ。
思春期に大きく穴の開いた靴下を履くしかない切なさは、察してあまりある物がある。
また父には妹がいたそうだが、腹違いの妹となる。
これはまさしく、私が経験をした事であり、「家族であって一人だけ家族ではない」という現象が起こりやすい、過酷なパターンだ。
世間や会社では聖人君主のような人間でも、一緒に生活し、あかの他人の親になるのだ。
血のつながりだけで許せるものがほとんどの毎日の生活の中で、お花畑の世界では済まされない、それはそれは現実的な厳しい生活がそこにはある。