以前、教師は脚本家である、と書いたが、授業で僕に足りないのは、パフォーマンス力だと感じていて、「教師は役者たれ」と思っている。

 

その言葉から、今日、たまたま見つけたのが、タイトルに書いた言葉、「教師たるもの五者たれ」である。

 

五者というのは、「学者・役者・芸者・医者・易者」を指すらしい。

 

つまり、

「学者」のように幅広い学問を身につけ、知識を多く持て。

 

「役者」のように、パフォーマンスを発揮し、魅力的な存在になれ。

 

「芸者」のように、自己研鑽してその道を極めろ。

 

「医者」のように、生徒の様子や些細な声に耳を傾け、目には見えない心の傷や悩みなどを見抜け。

 

「易者」のように、生徒の不安を取り除き、きっとできると背中を押せ。10年後、20年後を見通して、今どんな力をつけることが大切か、まぜ学ぶことが大切なのか、道を示せ。

 

すごくいい言葉に出会ったと思っている。

 

元々の原典はわからないが、僕が見つけたブロクのリンクを張っておきます。

 

原典:K太先生の「 放課後の黒板消し」 3

リンク

 

 

日本語教師になって、何が一番大変かといえば、それは教案作りである。

 

教案というのは、授業におけるシナリオ、つまり脚本のようなもので、例えば、新しい文法を、生徒たちにどのように教えるか、重要なところは、セリフを一字一句書くこともある。

 

授業がおもしろいかどうかは、教案にかかっているといっても、過言ではない。

 

教案無しに授業をするというのは、全部アドリブで芝居をするようなものである。それで、おもしろい授業ができる教師も中にはいるかもしれない。

 

言うのは恥ずかしいが、2018年に、ホーチミンの小さなセンターで日本語の教師をしてほしいと頼まれて、4ヶ月間、教師をやった。

(ベトナムで教えるなら、資格は問われない)

 

そのとき、教案の作り方も知らなかったので、教案無しで全部の授業をやった。

 

今から考えると、よくそんなことができたなあと思う。

 

でも、その時の経験は、今の僕に何も役に立ってないかというと、そうではない。

 

日本語の初級者にわかりやすい言葉で話すことや、人前で話すことに慣れるとか。生徒に見やすく板書をする等。いろんなことが勉強になった。


一番いけないのは、マンネリ化することだと思う。


常に新しい授業の方法を模索する。

生徒が楽しいと思ってくれる脚本を書くことがやるべきことだと思う。


まだまだ駆け出しで、毎回脚本を書くのに苦労しているが、「楽しくて役にたつ授業」を理念に頑張りたい。



 

 

僕は4月から、非常勤日本語講師として日本語教師を始めましたが、もともとは、地元のボランティア日本語教室で外国人に日本語を教えていました。

 

「教えていました」なんて言えなくて、日本語の勉強を手伝っていました、というほうが正確です。

 

日本語ボランティアはまだ会社員だった2015年3月から始めて、今もその活動は続けています。8年を過ぎました。

 

私がベトナムに惹かれたきっかけも、そのボランティア団体に多くのベトナム人がいたからです。

 

外国人にちゃんと日本語を教えてあげたいという思いから、420時間日本語教師養成講座に通うようになり、日本語教師の資格を取って、日本語学校に採用されたという流れです。

 

つまり、今、お金をもらって、日本語学校と、ベトナムのセンターで日本語を教えながら、その傍らで、多くの人に、ボランティアとして無料で日本語の勉強を手伝っている、ということになります。

 

ボランティア日本語教師になるためには、何の資格もいりません。

地域にあるボランティア日本語教室に行って、そこにいる外国人に勉強を手伝ってあげるだけです。

 

私が現在加入しているボランティア団体には100人を超えるボランティアさんがいらっしゃいます。

 

やさしい日本語が身について教え方が上手な人や、そうでない方、大阪弁でしか日本語が話せないお年寄りの方もいらっしゃいます。

 

それでも、他の人の役に立ちたいという思いには、敬意を感じます。

 

みんな日本語のネイティブです。

日本語の学習者からすれば、無料(あるいは安い参加費で)会話してもらえるだけで、うれしいでしょう。

 

日本語ボランティアが、日本語教師の給料を安くしている、という意見もあります。

 

私は、職業としての日本語教師になりましたが、ボランティア精神はずっと持ち続けています。

この先ずっと、お金をもらえなくなっても、いろいろな人に出会い、日本語の勉強を手伝っていきたいと思っています。

 

目指すは生涯日本語教師