てなわけで、約2ヵ月更新せず…お久しぶりでございますm(_ _)m

なぜ更新できなかったというと、「こんなの書けねーよ…」
とゆーくらい、ドラスチックでドラマティックな日々だからです。(ほんとか?)


いやほんまに。
ブログって何書くんだっけ?って感じ。



今年の梅雨は、うっとおしくなくていいね。
異常気象と騒がれたことも、今や昔?

夏と冬への二季化が進み、日本の気候が以前とは違うものになったと感じる今日この頃


季節どころか、こうして気候ですらゆっくりと変化していく…

いつまでも変わらないものなど、どこにもないってこと?




いや、、
本質的に変わらないものもある。

変わるものと変わらないもの、最近それを見極めることをけっこう意識してますね。

なんじゃそりゃ?!って思われるかもしれませんが(笑)




愛猫も生きてますよ

体は痩せこけ、胸から後ろ足にかけての体毛がほとんど抜け落ち(高齢でホルモンバランスが崩れた影響)、子宮蓄膿症でおりもの大量にでるし、尿も感覚が無いようでトイレでしなくなりました…

数時間おきに床の拭き掃除をしているせいか、以前より家中が綺麗になってます( ̄▽+ ̄*)


しっかし体毛がないネコってカリッカリに細くて、後姿はほとんどエイリアン(笑)
ま、、おかげで夏は涼しく過ごせるから、これでいいのか?(笑)



そーいえばネコの肌に直接触れるようになって驚いたんやけど、触れるとめっちゃ熱いねん
ネコは人間より体温が高いって、知らんかった





そんな愛猫ですが、最近は少し若返ったと言っていいくらい、元気だったりします。

まるで失くしたものすべてを、命に還元しているみたい……

生きるための”ウェルバランス”という感じ。
命って、ほんま不思議やわ。

 どーも、ご無沙汰しておりますm(_ _)m
ちゃんと濃い日々送ってますよー(笑)


そんな感じで忙しさもあるけど、最近の出来事は濃すぎて?公開日記じゃ書けないことだらけやねんな

今の状態にも慣れたら、ここでも報告していけるような…

いけないような(^_^;)


つーわけで、時々ブログを見てくれてる方にお願いです。

私を信頼して★
見守っててくださいな。



今回はドラマ”ハングリー!”の感想です。


実はリアルタイムで一度も観てなくて、この10日間くらいで録画していたのをまとめて観ました。

 


この物語にテーマがあるとしたら、それは“自分探し”だったのかな~なんて思うけど、どうなんでしょ?



ただ物語の根底に、”ごまかさない、まっすぐ見る”


そんなメッセージが、隠れていたような気がします。

 



それを最も感じさせてくれたのが第6話、
麻生が初めて英介の店で食事をするシーンです。

 



フルコースをオーダーし、料理の一皿一皿に丁寧な感想を語り、麻生は英介の料理を絶賛します。

結論として麻生は、「悔しいけど、ここの料理は美味しい」と英介に告げる。



しかし…



「ここはフレンチレストランではない」と宣言し、その理由をひとつひとつ的確に指摘する。

 


英介の父に「あなたは哀しい人間だ」言われた麻生は、それを認め告白するのです…


「私の母は育児放棄だった」と。




幼い頃から母の愛と、まともな食事を与えられず育つということは、怒りと哀しみ、憎しみと絶望、そして死の誘惑…

あらゆる負の感情を抱える人生だったことは、想像に難くない。



だけど麻生は、負の感情を前向きな熱き情熱に変え、食の事業にすべて昇華し生きてきた。

それは素晴らしく、また、凄まじい人生だったと思う。

 


そんな麻生にも、憧れのお店があった。

そこは家庭的な温かい雰囲気と、心まで癒す美味しいフレンチを提供するレストラン。

華子の店“ル・プティシュ”


麻生はこの店から、母の愛に包まれるような居心地を感じ、”ル・プティシュ”を心底認めていた。



だから麻生は、英介が華子の息子で天才料理人だとしても、“ル・プティシュ”の本質を理解し実現していない以上、その名を掲げることは許せなかった。

 

それは他の誰よりも、麻生が華子の店“ル・プティシュ”を理解し、愛していた証拠。


英介もそれを感じたからこそ、麻生に何も言い返せず、母の形見でもある“ル・プティシュ”の看板を下げるのです。

 




つまり誰より、”ル・プティシュ”と英介を、まっすぐ見ていたのは「麻生」やったんやなって。



あ、もうひとりいる!

「千絵」も、英介をまっすぐに見ていたよね。

ただ千絵の場合、誰よりも”英介の料理”を、まっすぐ見ていたっぽいけど(笑)


一方は寄り添うように、一方は対峙するように、英介をまっすぐに見つめていた。

 


6話以降、3人の関係性はいろんな変化をするけれど、最終話では最初のカタチに戻ります。


その絆を、より強くして。

 


このドラマは、ごまかさないでまっすぐ見ることの大切さを、改めて教えてくれた気がします。


まっすぐ見れるということ。
まっすぐ見てもらえるということ。


この上なく、どちらも幸せ。


とっても素敵なStoryでした

ずっと以前から覚悟していた、そのときが近づいてきているようです。


うちの愛猫は女の子で、完全室内住まいという理由もあり、避妊手術はしていません。
そのため数年前から、子宮蓄膿症という病気でした。

蓄膿症は慢性疾患で、子宮摘出しないのであれば、この病気になることは自然な流れであるとも言えるねん。

蓄膿症になるといろいろと世話が掛かるので、健康なときに比べ生活の質はお互いに下がるけど、それも受け入れて楽しく暮らしていました。


ですが2週間ほど前から食べる量が急激に減り、発情期にみられる粗相も増え、みるみるうちに痩せ細ってきたんです。

「これは蓄膿症の悪化というより、ひと月くらい前に病院へ行ったとき、獣医さんと話していた”老化のスイッチ”が入ったのかも…」
(動物は人間のように徐々に老いるのではなく、突然に老衰するということ)


そう感じたのが2日前…

だから今日、仕事を終えた帰り道、心配なのに愛猫に会うのが少し怖い気がしてん。

帰ると玄関まで、いつものように出迎えてくれたけど、鳴き声がもう搾り出すようにしても声にならなくて、かすれてる…

瞳はいつも以上に輝いているのに、虚脱というかフラフラして体に力が入らない様子。



すぐ病院へ行きました。

血液検査の結果、やっぱり加齢による腎障害でした。
今は脱水症状で、これは猫の老衰弱の典型的な症状です。

腎機能が衰えると、同時に心臓も血液を送る勢いが弱まるらしく、筋肉に乳酸が溜まって力が入らなくなるそうです。


「先生は、いつまで生きられると思いますか?」

そう訊くと、

「正直言って、いつその時がきてもおかしくないです…」

そう言われました。



だとしたら、、

今日から最後のときまで、ずっと一緒に居てあげるなんて不可能やん!?って。
もしかしたらこの子は誰にも看取られず、部屋でひとりきりで旅立つのかも…


わかってたことやけど、それを思うと寂しくて胸がいっぱいになって、
もうどうしようもなかった…



「僕もこういう状況になるといつも迷うんですが、入院して介護をお任せするのも選択肢の一つではあります、、
けど猫はね、飼い主や家も含めて、住み慣れた環境にいることがいちばん幸せなんですよ。」

そんなふうに、獣医さんは言ってくださいました。


それは私が一番わかってることやけど、獣医さんの口からそんな言葉が聞けたことで、覚悟が決まりました。


ずっと前から感じてたけど、この獣医さんにお世話になれてほんまよかった。




心配で心配で仕方ないけど、仕事も家事とかも休んだり手を抜いたりせず、今までどおりの生活を続けようって思います。

今もね、そんな思いでこの文章を書いてます。


だって今までも、「旅行は一泊」とか、「仕事の合間でも時間が長く空いたら、家でこの子と過ごす」とか、
決してルールではないけど、そうやって一緒の時間を、大切に楽しく過ごしてきたんやから。



どんな旅立ちでも、きっと悔いはない。



だから今までと変わらず、最後のときまで、
この子と共に生きてゆこうと思います。



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