「人生の負」を他人の責任に転嫁する風潮があります。

例えば、勉強ができないのは親の遺伝のせい。

貧乏なのは自分を認めてくれない社会が悪い。

そして郵便ポストが赤いのはあたなのせい・・・?。などなど。

 

必ずしも自分だけのせいではなかったとしても正当さがあれば人生には救う神がいます。

しかしながら、現代に至りいい年齢の大人までもが他人のせいにして、その時や場の「負の空気」をやり過ごす輩には言葉が見つかりません。

親御さんがその調子ならマトリョウシカのように子も似ることでしょう。

 

さて、本日の話しはこれまでのようにステレオタイプの人間が社会を構成していけるのかについて考えます。

現代は「情報化」と「産業革命」の真っただ中です。

今使用しているPCがビッグデータを元にAI(人工知能)で人間を管理していくSFの社会が到来しようとしています。囲碁の世界ではAIに敵う人がいなくなりそうです。

 

小説や筆のタッチまで似るAIですが、判断や意志の決定はどうでしょうか。

いまのところは安心してください。AIにはできないようです。

分析と確率の高さから選んでいるに過ぎない。ここに注目すべきです。

 

人はこれまでにない新たなものを創造できる。似るのではなくオリジナル。

ここまで読み進められてお気づきになりますか?

その場の空気にはめっぽう弱い日本人の特性です(和を尊しとする民族だからでしょうか?和して同ぜず、付和雷同など和の付く言葉が多いような気がします)が、創造力があるのも日本人の特徴です。短期間のうちに優れた製品を開発したり、創薬したり、話しを職業にする芸もあります。

 

大和の人なのだと思います。和という大きな輪の中でいかに自分を、一族を活かすか大変な苦労があったのだと思います。この工夫でこそ生きてこられた柔軟性が新たな創造を為したのだと思います。

 

さて、他人のせいにしている間はまだ甘さの中に浸っています。やがて余裕がなくなり自分に全てが降りかかってくる。その瞬間助ける者はいません。自分を助けるのはやはり自分しかいません。売り手市場の就職戦線ですが、時とはフラクタルな面があります。大量失業時代の前過程を念頭に置いて、これからは自己責任で生きる判断力と意志を持って「和」の創造者になる気概が必要です。