いつもひっそりしている法隆寺宝物館に大勢の人が…@@;

そしていつもとはちょっと違った客層。朝日新聞で紹介されたことによる影響だったようです。

 

この日の夜には研究員の三田覚之先生によるギャラリートークがありました。

 

●淡茶地白虎文描絵綾天蓋垂飾

飛鳥時代(7世紀)の絹製 平絹浮文綾、描絵です。

 

じつは3年前の公開時のギャラリートークにも参加していました。その時のお話がとても興味深かったのです。この時も三田先生にお声がけいただいたのですが、今回も覚えていてくださったことに驚きました^^;

 

まず、この布は織物でできた天蓋の周囲に垂れている飾りの断片であること。元は蛇舌ともいわれましたが、時代が下がるにつれて鋭角に変化したもの。昔、観光土産で流行った三角形の旗のペナント。あれはこの天蓋の飾りからきています。

 

そして絹に描かれた絵画として日本最古のものであること。キトラ古墳や高松塚古墳は7世紀末〜8世紀初の唐の影響を受けた絵画様式ですが、これはそれよりも古く、6世紀末〜7世紀前半の朝鮮半島の高句麗、百済に源流があるのだそう。百済の瓦塼との類似性が説明されています。

今回は展示されていませんでしたが、聖徳太子の薨去を悼んで妻の橘大郎女が発願しつくらせたという現存する最古の繡仏であり刺繍の「天寿国繡帳」との関連性も。

 

白虎は古代中国の四神。天の四方を司る霊獣。キトラ古墳、高松塚古墳にも四神が描かれています。

 

復元のときに、ポツンと離れた箇所にある白虎の口の位置はなぜわかったのか?

それは、綾織の絹織物に描かれていたから。

以前は胴にくっつけていたけれど、裂地を外し裏からみると、平地浮文綾の織で亀甲繋文であったことがわかり、それによって離れた部分の正確な位置が判明したのだそう。織の文様表現にそって生地を重ね合わせることによって、二次的加飾表現であった描絵の文様が確定したという好例。←こういうお話大好物〜(〃∇〃)ドキドキ

 

古代染織裂地は劣化を防ぐ為に公開期間も短く次はまたいつになるかわかりませんが、出会えるとゾクッとするほど嬉しい。

またの再会を期して♡

 

※東京国立博物館法隆寺宝物館では一般にも撮影が許可されています。ただしマナーとしてフラッシュはつかわない、シャッター音は控えるといったことを守りましょう。

 

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