午前中の長崎巌先生の講義は「染織の誕生と発達」がテーマでした。人と動物との違いは何かを考えると、人だけが衣を纏っています。高度な頭脳を持ち器用な手先はありますが、身体的には弱点があり身体を保護するためのモノを求め、毛皮を纏い、人工物として籠をつくり、さらに密度を求めて組紐そして織物へと発展。染織技術の発展、技法の多様化はすべて人の生活との関係性から生まれています。つくられるには理由が必ずあるのです。そこから織りの構造を解いていきました。

 

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午前中に学んだことを反芻しつつ、東京交通会館にて開催中(〜13日まで)の出羽の織座「原始布•古代織と職人の出会い展」へ。

 

原始布•古代織参考館館長の山村幸夫さんとカメラ

山村さんの陣羽織風の袖無しの羽織はぜんまい織、スラックスは大麻布です。なんてオシャレ!

 

原始布•古代織参考館館長初代館長の山村精(やまむらまさし)氏は、日本の原始布や古代織の復元と存続に取組み、その際に集めた膨大な資料を蒐集され、原始布•古代織参考館を開館。編衣、藤布、科布、楮布、葛布、麻布、蕁麻布、苧麻布、紙布、ぜんまい織、琴糸織、アットゥシ、裂織、つづれ織、津軽こぎん刺し、南部菱刺し、など貴重な布と織機、資料が展示されています。

麻を栽培し繊維を取る以前の古代の人々は野山に自生する靭皮繊維から布を織っていたといいます。木綿が庶民に普及しはじめると需要がなくなり、大変な手間がかかる原始布(自然布)は都市から離れた山村の集落にのみ残りわずかに伝承されているという状況…。1950年(昭和40年)ごろ山村精は古布を手に山村の織り手を訪ね歩き、見聞きした記憶を記録し研究そして復元されました。

 

午前中の講義にでてきた、日本最古の衣服といわれる網衣(あんぎん)。

編衣は経糸に対して90度で緯糸を絡ませながら編んでいきます。長崎先生によると、編物の形式で経糸を均等に並行にするためにはどうしたらいいのかを考えて、重力を利用し経糸に錘をつけた。なるほど!織の源流となった考え方が理解できました。

 

手元にあるのが原始機です。

 

今回は、正藍染師の田中昭夫さんと正藍筒書と絞り作家の菅原匠さんが原始布に染められた藍染めがたくさんありました。

 

手引き木綿の生地に田中昭夫さんの藍染め。

こちらは白場がキッカリしていてとても素敵な帯。

 

藍染めの絞りは菅原匠さんの作品。これがまた素敵:*:・( ̄∀ ̄)・:*:

菅原匠さんの工房名である藍風居(らんぷうきょ)は白洲正子さんが命名。

 

そしてたくさんの原始布をみることができます。藤布、蕁麻布、しな布、大麻布など。経糸にしな糸と大麻糸とか、網代織とか、貴重なものも。

 

葡萄蔓や胡桃の皮のバッグについている巾着にもしな布やぜんまい織がつかわれているという懲りようです。

 

庶民の生活と共にあった原始布ですが、その野趣な味わいを残しつつ丁寧につくられた作品は何と魅力的なことか。これらを前にして誘惑に勝てる人はなかなか…。負けた人です、はい。

 

しな布に田中昭夫さんの藍染めのクラッチバッグ

苧麻地に上杉景勝の紺地鐙繋矢車文鎧下着を復刻した藍染めの名刺入れ

 

※撮影及びきものカンタービレ♪への掲載許可を山村様よりいただいております。

 

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