麁服(荒妙)を学ぶ at 山川地域総合センター / 2016年晩秋•阿波太布染織の旅 その9 のつづき^^/

 

ジャパンブルーの源である、阿波藍製造所へ♪

 

世界最古の染料といわれる藍がなぜジャパンブルーといわれる日本の色となったのか。それは1875年(明治8年)に来日したイギリスの化学者ロバート・ウィリアム・アトキンソン氏が藍染めの色味を「ジャパンブルー」と呼んで賞賛したことにはじまります。

 

阿波では室町後期より葉藍による藍染めが行なわれていたと伝えられています。1586年(天正14年)に蜂須賀家政が阿波を治めることとなり前領地の播磨より播磨藍を移植し、藍の栽培を奨励、保護をしたことにより「阿波の藍か藍の阿波か、阿波25万石、藍50万石」と謳われるようになりました。

現在流通している本藍染めといわれるものは、藍の生産量の少なさから考えると、実状はほとんどが本藍ではありません。実際に化学染料の入っていない天然本藍甕をもっているところは国内で10件に満たないといわれています。

 

今国内で藍染めにつかわれる蓼藍の蒅(すくも)をつくっているのは、阿波藍の5軒。そしてそこから枝分かれした、ぬぬパナの播磨藍の村井さん、伊達藍の篠原さんです。(他にも枝分かれしてあるのかもしれません)

 

徳島では阿波藍製造技術保存会として後継者育成事業が行なわれています。そのひとつでもある新居製藍所へ。

国選定文化財阿波藍製造技術保持者である藍師の新居修さんとカメラ

新居さんは蓼藍の栽培もしながら蒅(すくも)づくりをされています。

蓼藍はタデ科の一年草。3月に種まきがされ20cmに成長したら定植され真夏に刈り取られます。蓼藍の葉を収穫した後に細かくし、乾燥、発酵、熟成させてつくられる藍玉といわれる染料が蒅(すくも)です。

藍の葉を土間に広げて水を打ち混ぜて整えるを繰返して発酵させます。

手を入れてみると暖かい。

この作業を繰返すと表面に白いカビがでてきます。

寝せ込み、水打ち、切り返し、筵着せという工程で蒅(すくも)は完成します。

 

そして、蒅(すくも)は筵に積められて藍染めをする紺屋に出荷されます。

 

昨年の初夏に綾の手紬の秋山真和先生のところで蒅から灰汁発酵立てそして藍染めをさせていただきました。



宮崎レポも途中でとまっておりましたが、阿波の旅レポの後に再開いたします。

藍瓶と蒅 藍建てと藍染め体験 at 綾の手紬染織工房 / 2016年5月 宮崎の旅 その7

 

全国の産地を巡っていると、さまざまなことが繫がっていきます。

これこそ、大切な宝だと思っております。

 

こうした経験をする機会をつくってくださった、つくり手の皆さまに心から感謝を♡

 

阿波の旅レポつづきます♪

 

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