2015年は寒波の到来で幕が開けました。元旦の諏訪湖です。
「元」には一番はじめの意味があり、「旦」には日は太陽を下の一は地平線を表しています。
なので、元旦とは年のはじめに太陽が地平線を昇る日の出の状態、元日の朝のことです。

信濃国一の宮である諏訪大社へ初詣


諏訪大社の起源は定かでなく日本で最も歴史が古いといわれています。
諏訪湖の周りに上社の本宮と前宮、下社の秋宮と春宮という四つのお宮があり、
神さまが移動するという説が今に伝わり生きています。

「御神渡り(おみわたり)」といわれる真冬に諏訪湖の湖面の氷の盛り上がる現象は、
上社の男神の建御名方命(たけみなかたのみこと)が、下社の女神である八坂刀売命
(やさかとめのみこと)に会いに行った足跡とも、ミシャグチ神が通った跡ともされており、
神が諏訪湖へ降り立ったといわれる諏訪市側を下座(くだりまし)、下諏訪町側の神が
岸へ上がったとされる部分を上座(あがりまし)といいいます。

諏訪湖は周囲約16km、面積13.3平方km、水深約7m。
-10℃以下の日がつづくと湖面が全面が凍って膨張し、ひび割れますが、
そこがさらに凍って割れ目の部分を押し上げて盛りあがります。
これが「御神渡り」です。この亀裂で吉凶を占います。

写真は2013年2月24日の諏訪湖。この年の御神渡りは1月26日でした。

2014年12月28日の諏訪湖。うっすら氷が張っています。今年は御神渡りがあるかな。


諏訪大社上社に祀られているのは、出雲大社の大国主命(おおくにぬしのみこと)の息子である
建御名方命(たけみなかたのかみ)とその妻の八坂刀売命(やさかとめのみこと)です。
古事記によると、建御雷神(たけみかずち)を恐れて出雲から諏訪に逃げ延びてきた建御名方命は
諏訪の守矢一族に勝ち、この地で現人神(あらひとがみ)となったとあります。その子孫が諏訪氏です。
武田勝頼の母の湖衣姫(由布姫)の実家でもあり、武人と神官の顔をもつ特異な家系となります。
建御名方命は二度と出雲には戻りませんと建御雷神に誓った為に、10月出雲にいかないので、
諏訪周辺も出雲同様に神無月でなく神在月というらしいです。

諏訪大社には本殿と呼ばれる建物がありません。上社は御山を御神体として拝しているそうです。
古代の神社には社殿がなかったといわれていて、諏訪大社はその古くからの姿を残しています。
社殿の四隅には御柱があり、七年に一度、平安時代以前から行われている御柱祭があります。

樹齢1000年以上になる贄掛けの欅。古くは贄や御狩の獲物を掛けて祈願したのだそう。

1827年(文政2年)建立の神楽殿。四方吹き通しの入母屋造。
龍神が描かれた大太鼓は大晦日から元旦にかけてのみ打たれます。

諏訪の七不思議のひとつ天流水舎。
どんな晴天の日にも屋根から雫が三滴落ちる。日照りの時にはこの雫を持ち帰って雨乞いを
すると必ず雨が降るといわれています。

1773年(安永2年)建立された五間廊。廊下様式切妻造です。

1829年(文政12年)建立された入口御門

御門からつづく参道は布橋といわれます。

明治以前は大祝(最高神官)のみが通行を許された神の通り道であったとか。←異説あり
遷宮の際も布が敷かれたそうです。

境内へ向かいます。

今年は雪の中での参拝となりました。
2015年、皆さまにご多幸がありますように。

初詣恒例のおみくじ

諏訪大社には養蚕の項目があります。

欲をかいてはいけないということですね。はい。


諏訪大社には大相撲史上最強の力士であったといわれる雷電為右衛門の像があります。
雷電は長野出身で江戸時代の力士254勝10敗2分という通算成績を誇る最強の力士。
横綱になることを固辞し最後まで大関で通しました。
諏訪大社のご祭神の建御名方命は相撲の神といわれていることから奉納されたようです。


諏訪大社上社の北参道には社乃風(やしろのかぜ)というお土産処とカフェができていました。
その中で気になったのは、こちら。つきのつゆ。

諏訪にある田毎庵(たどころあん)のお店。
蕎麦会席で好評の満月そばがきがこちらでいただけます。

揚げてあるそばがきを鰹、鰯、鯣の三種類の出汁から選んでいただきます。
美味でした~♪


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