衣紋道高倉流二十五世宗家 宗会頭であられる仙石宗久先生の源氏物語講座へ
会場の室礼も素敵です
貴重なものがそこかしこに置かれています。
第2回目のテーマは「着袴」
七五三のルーツといえる、髪置の儀、深曽木(ふかそぎ)の儀、着袴の儀のお話
【髪置の儀】数え年2~3歳になると髪を伸ばし始め、その伸びた髪を切りそろえる儀式
【深曽木の儀】4~5歳になって伸びた髪をもう一度切りそろえる儀式 曽木は削ぎの当て字
【着袴の儀】初めて袴をつける儀式
江戸時代末に行われた高倉家の「着袴次第」を読み解きながら詳細にご説明くださいました。
深曽木と着袴の儀は本来は別々に行うものでしたが、近世ごろから同日に連続して
行われるようになっていったそうです。
寝殿の何処を正面にするのか、刻限、装束入れの扱い、着装手順、位置など
京都御所の見取り図をみながら、祐宮(さちのみや)さま(明治天皇)の
着袴、深曽木の儀の解説もございました。
左)明治神宮外苑聖徳記念絵画館蔵 万延元年閏3月16日御深曽木
右)京都御所の見取り図
源氏物語「桐壺」で描かれている光源氏の御袴着と「薄雲」に描かれている明石の姫君の御袴着
のお話も。
現皇室でも着袴の儀(御袴着)は碁盤の上にて行われます。
そして、「えいっ」と飛び降りるそうです。宮様方も掛け声と共に飛び降りられたそう。
【半尻】公家の子供が儀式の際に着用。これは毛抜き形の袖括の紐がついています。
皇子は滝の意匠をあしらった“落滝津の御服”の上に“前張の大口”の袴をはきます。
大口袴をはくときは、脱いだ状態のような円の中に両足をすっぽり入れるそうです。
【童直衣(わらわのうし)】小葵文様のサイズの小さい直衣
左)小松と山橘(根のついたもの)、根引きの松を皇子は左手に皇女は右手に持ちます。
右)横目扇(よこめおうぎ)は皇子は右手に皇女は左手に持ちます。
碁盤の上では、吉方に加茂川の河原で拾った青石を両足指にはさむのが慣わし
「薄雲」の中の姫君の御袴着のシーン
「ただ、姫君の襷引き結ひたまへる胸つきぞ、うつくしさ添ひて見えたまへる」
と描かれている、襷かけは重衵(かさねあこめ)が開かないように帯の代わりに結んだものと
考えていいそうです。
片かぎ(紐の結び目の片側だけ輪にする)の前結びて可愛らしくしたのだそう。
“あさきゆめみし”5巻で描かれている、ちい姫の袴姿は違うようです。
実際にみせていただきました。
左)正面 右)後姿 2本の紐をつかっています。
伊勢神宮の遷宮では内宮と外宮ではかけ方が違うものの、この襷がけだそうです。
神事でつかわれる襷は木綿(ゆう)といわれる木綿(もめん)とは異なる繊維。楮もしくは麻。
20年というのが伝統を正しく伝えていく限界だそうで、20年に1度の伊勢神宮の遷宮は
昔のものを残し正しく伝えているというお話もございました。
【汗衫(かざみ)】童女の正装です。
濃色(紫)の長袴(張袴)に白の表袴(うえのはかま)を重ね、単(ひとえ)、衵(あこめ)、
打衣(うちぎぬ)、と着装していきます。
一番上に汗衫の袍、袍には垂領(たりくび)と盤領(あげくび)の二形式があります。
さらに石帯でとめます。
現在は葵祭の馬に乗った騎女の装束としてみることができるそうです。
汗衫の鰭袖(はたそで)は裏に折り返して下の衣を見せる?←うろ覚えなので来週確認します
現在の皇室の儀式、ロイヤルマナーとプロトコールのお話もあり、とても面白かったです。
まだまだ学びたいことばかりです~。
会場の室礼も素敵です
貴重なものがそこかしこに置かれています。
第2回目のテーマは「着袴」
七五三のルーツといえる、髪置の儀、深曽木(ふかそぎ)の儀、着袴の儀のお話
【髪置の儀】数え年2~3歳になると髪を伸ばし始め、その伸びた髪を切りそろえる儀式
【深曽木の儀】4~5歳になって伸びた髪をもう一度切りそろえる儀式 曽木は削ぎの当て字
【着袴の儀】初めて袴をつける儀式
江戸時代末に行われた高倉家の「着袴次第」を読み解きながら詳細にご説明くださいました。
深曽木と着袴の儀は本来は別々に行うものでしたが、近世ごろから同日に連続して
行われるようになっていったそうです。
寝殿の何処を正面にするのか、刻限、装束入れの扱い、着装手順、位置など
京都御所の見取り図をみながら、祐宮(さちのみや)さま(明治天皇)の
着袴、深曽木の儀の解説もございました。
左)明治神宮外苑聖徳記念絵画館蔵 万延元年閏3月16日御深曽木
右)京都御所の見取り図
源氏物語「桐壺」で描かれている光源氏の御袴着と「薄雲」に描かれている明石の姫君の御袴着
のお話も。
現皇室でも着袴の儀(御袴着)は碁盤の上にて行われます。
そして、「えいっ」と飛び降りるそうです。宮様方も掛け声と共に飛び降りられたそう。
【半尻】公家の子供が儀式の際に着用。これは毛抜き形の袖括の紐がついています。
皇子は滝の意匠をあしらった“落滝津の御服”の上に“前張の大口”の袴をはきます。
大口袴をはくときは、脱いだ状態のような円の中に両足をすっぽり入れるそうです。
【童直衣(わらわのうし)】小葵文様のサイズの小さい直衣
左)小松と山橘(根のついたもの)、根引きの松を皇子は左手に皇女は右手に持ちます。
右)横目扇(よこめおうぎ)は皇子は右手に皇女は左手に持ちます。
碁盤の上では、吉方に加茂川の河原で拾った青石を両足指にはさむのが慣わし
「薄雲」の中の姫君の御袴着のシーン
「ただ、姫君の襷引き結ひたまへる胸つきぞ、うつくしさ添ひて見えたまへる」
と描かれている、襷かけは重衵(かさねあこめ)が開かないように帯の代わりに結んだものと
考えていいそうです。
片かぎ(紐の結び目の片側だけ輪にする)の前結びて可愛らしくしたのだそう。
“あさきゆめみし”5巻で描かれている、ちい姫の袴姿は違うようです。
実際にみせていただきました。
左)正面 右)後姿 2本の紐をつかっています。
伊勢神宮の遷宮では内宮と外宮ではかけ方が違うものの、この襷がけだそうです。
神事でつかわれる襷は木綿(ゆう)といわれる木綿(もめん)とは異なる繊維。楮もしくは麻。
20年というのが伝統を正しく伝えていく限界だそうで、20年に1度の伊勢神宮の遷宮は
昔のものを残し正しく伝えているというお話もございました。
【汗衫(かざみ)】童女の正装です。
濃色(紫)の長袴(張袴)に白の表袴(うえのはかま)を重ね、単(ひとえ)、衵(あこめ)、
打衣(うちぎぬ)、と着装していきます。
一番上に汗衫の袍、袍には垂領(たりくび)と盤領(あげくび)の二形式があります。
さらに石帯でとめます。
現在は葵祭の馬に乗った騎女の装束としてみることができるそうです。
汗衫の鰭袖(はたそで)は裏に折り返して下の衣を見せる?←うろ覚えなので来週確認します
現在の皇室の儀式、ロイヤルマナーとプロトコールのお話もあり、とても面白かったです。
まだまだ学びたいことばかりです~。