「挨拶」
禅宗で、僧が問答を繰り返しやり合うこと。
転じて、私たちが毎日交わす会釈、受け答えの意味になった。
「挨」は、押し迫る、という意味で、「拶」も、迫る、の意味を持つ。
「挨拶を交わす」ことは、ごく軽いコミュニケーションとして捉えられているが、それを表す文字は、強く圧するような迫力を持っているのだ。
満員電車で互いに体を押しつけ合っていても、私たちは完全に他人でいられる。
言葉を交わさない限り、見知らぬ人であり、いわば、壁や物と変わらない。
言葉を交わさない相手は私たちにとって、何の意味も持たない「他人」だ。
けれども、ひとたび「こんにちは」と声を掛けられた瞬間、その相手は、ほとんどモノから人に変身したように、こちらからも返事をしなければならない、力を持った存在に変わる。
挨拶は、交わされる言葉そのものにはほとんど意味がない。
でも、「こんにちは」と声を掛けられたとき、そこに、私たちは自分にとって何らかの意味を持つ人間の姿を見いだす。
その一言に安心やつながりを確かめる。
モノが人に変わるような劇的な変化を、「挨拶」は引き起こすことが出来るのだ。
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師走〓
2009年も早や残り1ヶ月となりました〓
今月は、
「zengo禅語」
(著者:石井ゆかり、ピエ・ブックス)という本からためになるお話をお届けします〓
昨日までネーミングを募集したところ、たくさんの投票をして頂き、感謝します〓
結果発表〓〓〓
�元気玉メッセージ 11票
�元気になる日めくり9票
�言葉のオアシス 5票
�魂の休憩所 2票
�創造の扉 2票
�心のキャンパス 1票
�心の清涼剤 0票
ありがとうございました〓