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さとうの列車好き

主に列車の撮影記録を綴っています・・・

昭和47年から運転された阪和線の新快速。

鳳電車区に113系を配置し料金不要で阪和間の速達性を重視した列車でした。

結論から言うと、その6年後である昭和53年の紀勢本線新宮電化開業時のダイヤ改正時に廃止されました。廃止理由として、利用客の低迷や停車駅を増やせなどの苦情や要望と言われます。当時の利用状況や要望書などはすでに無いと思われますので実際の廃止理由は不明です。

話は少し逸れてしまいますが、私の主観ですが、今では利用客の多い京阪神を走る新快速。153系6両で15分おきに運転されていましたが時間帯によっては空席が目立っていました。その新快速も速達性を重視した列車で、三ノ宮・京都間では大阪以外には止まらないという、とんでもない列車でしたが、停車駅や車両が見直され、今も走り続けています。

話を戻して、阪和線の新快速。その列車ダイヤから拾いあげた時刻表です。廃止前年の昭和52年の時刻です。

上り(和歌山→天王寺)

7本運転され途中停車駅は和泉砂川、熊取と鳳です。阪和間、すべての列車の所要時間は48分です。

下り(天王寺→和歌山)

こちらも7本。停車駅も上りと同じです。所要時間に、ばらつきがありますが、ほとんどの列車が48分30秒です。

当時の特急くろしおは阪和間ノンストップで、最短の所要時間は49分30秒でした。113系電車と80系気動車。

いずれも最高時速(当時)は100KM/Hでした。

おそろしいことは、停車駅が増えた後も速達性を重視したことで停車時間10秒の駅まで存在します。回復運転ありきのダイヤです。

そのようなこともあり、阪和間所要時間最長の3101Hでも53分5秒で運転されていました。

理由は、当時の阪和線ですが、運転本数が多かった天王寺・鳳間に列車が退避できる駅が、長居と杉本町にしかありませんでした。

今では、鶴ヶ丘、杉本町と上野芝で退避できます。

上野芝駅に退避線が無い頃の路線図です。

よって、天王寺・鳳間は特急から普通までほぼ平行ダイヤでした。

同区間では、ラッシュ時においても普通列車は基本退避1回(長居あるいは杉本町)でした。

7時から9時までの天王寺・和泉府中間の運転ダイヤです。

具体的に3101Hの所要時間が長い理由を説明しますと、ラッシュ時もほぼ終わりかけた天王寺駅を9時10分に出発する、くろしお2号名古屋行(青線)に長居と杉本町で道を譲った普通列車2本が鳳まで新快速3101H(赤線)の前を走ります。よって、最速新快速より鳳まで約5分余計にかかってしまいます。鳳からはがんばるんですけどね。

最後に、当時の新快速に充当された113系の運用です。

関西線では平野駅での脱線転覆事故以来、同線では113系は普通列車に充当することはありませんでしたが、阪和線では普通電車に充当されていました。