さとうの列車好き

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主に列車の撮影記録を綴っています・・・

昭和53年10月2日紀勢本線の和歌山・新宮間が電化されました。

その前後の特急くろしお号の運転時刻表を手元に残る列車ダイヤから作ってみました。

 

電化前の、昭和52年3月15日非電化最後の大きなダイヤ改正がありました。

この日までに、タブレット閉塞が残っていた白浜・新宮間の自動閉塞化が完了しました。

 

 

昭和52年3月15日改正の特急くろしお号の時刻表です。

天王寺・名古屋間1往復、天王寺・新宮間4往復(うち1往復は週末の運転)と天王寺・白浜間1往復の運転でした。

 

くろしお号運転のため和歌山機関区に配置された80系気動車。(昭和52年)

(昭和52年に*廃車予定車を含め、かつ転入車を含めていますので実際の配置両数より多い数になっています。)

キロ80 *3 *4 21 22 *23 24 27 29 30 41 43~47 53 55 59 60 (19両)

キハ82 3 8 26~28 30~32 65 72~77 82 84 88 89 99 (20両)

キハ81 *1 *2 3 *4 5 *6 (6両)

キハ80 *11 *12 13~15 42~46 48~52 60 61 64 69 102~104 113~118 142 (29両)

キシ80 3 6 18 22 24 30 32~34 (9両)

 

80系時代の紀勢本線内における最高速度は、

和歌山・紀伊田辺間 95km/h

紀伊田辺・新宮間 85km/h

でした。

 

当時の一般型気動車と同じエンジン(DMH17H機関)を積んだ80系気動車が、この運転時刻で走れるのはすごいとこなんだと思っていました。

 

 
話を進めて、昭和52年3月のダイヤ改正以降、和歌山・紀伊田辺間に残されて単線区間の複線化の完了。そして、和歌山・新宮間のCTC化を経て電車が走る準備が完了します。
 
昭和53年10月2日の電化開業に先立ち、特急くろしお号は同年9月15日から電車化され、非電化区間を走る1D・2Dを除き9月21日に電車化を完了しました。
その電車投入スケジュールは以下のとおりでした。

S53.9.15~

天王寺(12D)新宮(17D)天王寺

S53.9.20~

天王寺(22D)白浜(21D)天王寺(18D)新宮

天王寺(16D)新宮

S53.9.21~

新宮(11D)天王寺

新宮(15D)天王寺
 
その頃の天王寺駅です。

 

 
そして・・・
 
 
昭和53年10月2日改正の特急くろしお号の時刻表です。
天王寺・新宮間7往復(うち1往復は週末の運転)と天王寺・白浜間2往復(うち1往復は週末の運転)の運転です。
 
日根野電車区(投入時は鳳電車区)に新製配置された381系電車9両編成10本による運転です。

モハ380 26~55 (30両)

モハ381 26~55 (30両)

クハ381 101~120 (20両)

サロ381 10~19 (10両)
 

電化直後の紀勢本線内における最高速度(381系電車)は、

和歌山・白浜間 110km/h

白浜・新宮間 95km/h

に改められました。

 

電化間もない頃の新宮駅で撮った写真です。

 

 

 

以上。紀勢本線の昔話でした。最後までご覧いただきありがとうございました。