「書籍」、「音楽」に続いて・・・。
☆ 歴史と宗教とを知る
フラ・アンジェリコ(Fra' Angelico) 「受胎告知」
キリスト者ではない私が、唯一実物を鑑賞したいと思い、マドリッドのプラド美術館まで足を運んだが、何と修復作業中で鑑賞できなかった作品。
下に紹介する作品は、全て現物を観ているので、この作品のみ、観ることなく選ばざるを得なかった10選。
キリスト教における女性の取扱いは、私が想像する限りにおいては「ルシファー」そのもの。聖母自体が彫刻や絵画に登場するには歴史上かなりの時間を要していた。そうした意味において、この作品を直に鑑賞できなかったことは後悔せざるを得ない。
ミケランジェロ(Michelangelo di Lodovico Buonarroti Simoni) 「最後の審判」
圧巻というしかない。
世界中からこの作品を観たいがために、そこに集う人たちの気持ちを慮って鑑賞すべき作品である。ここに来ると、日本人の評判は悪かった。その理由を考えるべき。
アシスクロ・アントニオ・パロミノ(Acisclo Antonio Palomino) 「フェルナンド3世によるコルドバ征服」
コルドバのメスキータに掲げられた作品。
1942年元旦。
ムスリムにとっては屈辱であったはずの出来事を、カトリック側が一方的に見下して表現している気持ちが分かる。
しかし、ムスリムにとって「絵画」を残すことはご法度。宗教と芸術とのあるべき関係性について、深く考えさせられる作品でもある。
ベラスケス(Diego Rodríguez de Silva y Velázquez) 「ラス・メニーナス」
プラド美術館で「受胎告知」を鑑賞することができずに落胆していた私に、この絵が語りかけてくれた。
絵画を眺める距離によって、浮かび上がる光景がこうも変わるものかということを知る。
ベラスケスが偉大な画家と言われる所以を理解できた。
カラヴァジォ(Michelangelo Merisi da Caravaggio) 「病めるバッカス」
この絵画の複製を店においた数日後から、体調が悪くなり入院したという曰くある作品。
よく人形に霊魂が入っているというホラー番組があるが、恐らくそういうことはあるのだろう。絵画にも、そういう力が宿ることを知った。
リベーラ(José de Ribera) 「髭のある女」
色々な意味で驚いた。
性多様性が一般的になりつつある昨今においても、これって現実を描写したものなのかと、圧倒された。
絵画の持つ力というのは、凄まじいものだ。
☆ 店と自宅に所蔵展示している作品
アンディ・ウォーホル(Andy Warhol) 「John Lennon」
東京メトロが数十年前に開催した作品展。
これを記念して作成した「メトロカード」が、肖像権の問題で発行停止となったのだが、運良く私の手元には残っている。
我が家で「お宝鑑定団」に出展できるものは、これだけかも知れない。
ブラスタ(Vlasta Plemenita Kos Jašćur) 「私は夢を夢見る」
店に展示している一番大きな作品。(下の写真中:右側)
クロアチア在住の友人である女性作家が、開店に際して贈ってくれた彼女の代表作の一つ。
「店を開くのだが、家に贈ってくれた作品の一枚を飾ってよいか?」と確認したところ、「何を言っているのだ。それだったらそれに相応しい作品を贈る」といって国際便にて送ってくれた作品。国際便の補償金額を見て、腰が抜けそうになった。
この絵が、不思議と「Wine Bar LA心VIN」にエネルギーを伝えてくれている。
Yukapon 「郷愁」
高校の同級生でもある女性作家の作品。(下の写真中:左側)
この作品は、店のコンセプトを伝えて、新たに制作していただいた作品なので、大切にしているし、これからも大切にしていきたい。
作家が語る絵のコンセプトは、次のとおり。
「夜空とか
宇宙とか
オーロラとか
生まれてきた絵は
いつか見た銀河かもしれない
いつか見た風景かもしれない
知らない場所だけど
なぜが懐かしい」
こういう友を持てること自体が、実は何よりの財産なのだろう。
Chihirobo 「ベニス」
作品がサントリーにも取り上げられているChihirobo(チヒロボ)ちゃんの作品。
何年も前にとある居酒屋にて知り合い、その後、当店にも足を運んでくれたりする、新進気鋭の女性フォトグラフ・コラージュ作家。
先日北海道で個展を開いた際、北海道で最初に購入したといわれる作品でもある。
すべての作品は、感性といい、その作業量といい驚くべきもの。何よりご本人の明るく、楽しい性格もよく知っているので、我が家の家宝として大切にしていきたい。