社会で生きていくため、愛想もお世辞も必要で、言わば皆ピエロを演じているわけで、要領よく生きることか第一でそれにより見返りがあるからピエロを演じなければならないが、時々そこから抜け出したくなり、またそうしないと自分というものを見失うようで。
珈琲にしても、「美味しい珈琲ですね」と言われたい人が殆どで相手を意識して何時も作っているかもしれないが、それでは本当の自分の商品ではないような気がする、もっと自分に忠実な珈琲を作るべきではないか。
まあ筋を通していきる、愛想笑いをして道化を演じても絶対に曲げられないものを持っている人は強い。
