昨日はお通夜に参列してきた。とてもシンプルだが、故人の雰囲気にぴったりの、知的な美しさが感じられる祭壇だった。
思いだす時にはいつも穏やかな笑顔の彼女だから、遺影のよそ行きの表情に少し戸惑った。自分が昨年度会う機会を逃してしまったことで、そのように感じただけなのかもしれない。
式が終わるとみな泣いていた。客観的に見れば、そこまで関係が深くはないと思われる参列者も、みなそれぞれの理由で故人とつなっていて、それぞれの理由で涙するのだろう。ある人は故郷の老親を思い、ある人は自分を遺族と重ねて・・・
お通夜では、ミサが行われた。
信者の皆様にとっては、「死後みな復活し、神の国で永遠に生きる」ことは最重な考え方であり、そのように信じておられるのだが。。。私自身は、このままずっと一緒にいたい人なんてほんの一握りしかいない。自分で自分を満足させることができる、あるいはそのように努力を続けられる種類の人間は、残念ながらそこまで多くないと感じるのだ。
自分に優しくひとに優しくと心がけて懸命に生き、徳を積み、自分を裏切らないよう精進を続けたとする。そのような人生を終えた先に、「えっ、またあの人がいる・・・」なんて、どんな罰ゲームだよと思う(笑)
そもそも、死後も輪廻転生があるかもしれないし、あるいは永遠に般若波羅蜜の大海の一部になって自己は失われるという可能性もある。
天国に行くって、どういうことなのだろう。あちらに旅立った後は、みな悔い改め、別人のようになる前提なのだろうか。
クリスチャンの友人たちと話す機会を再び得たら、いろいろ聞いてみたいと思う。
さて、長くなったが、今日は【大切な人を喪い、悲しみの淵に沈む私たちへのメッセージ】を願って引いた。
フェニックス「変容」
「今のあなたはまだ過去の自分が実現した現実に生きているかもしれませんが、このカードのメディスンは、深遠な変化が近づいてきていることを予言しています。これは、古い自分から進化した新しい自分への移行期なのです。あなたはこれから最も完全な自分に移行しようとしているのです。最高の自分が待っていること、自己実現の準備が整ったことを信じなければなりません」
じっと見つめると、「完璧である必要はない」という言葉を感じた。「ただ覚悟を決めればいい。こうするのよ」と。
よくよく見れば、故人のまなざしに似ている。紫色は、彼女が好きだった色・・・後ろには満月。
先が不安でも、勇気を出して進む。正しく完璧にやろうとか思わないこと。やるかやらないか、選ぶか選ばないか、ただそれだけ。怖がらずに一歩踏み出せば、この目の前の大きな炎の波もやがて自分のエネルギーとなり、不死鳥へと変容を遂げることができる。
いまは大切な存在を喪ったという現実に押しつぶされそうになっている者たちへ、その現実を受け止め受け入れ、成長するように促し励ますメッセージだと感じる。
望まない別れを迎えると、寂しさ、後悔、自責の念、怒り、焦りに圧倒されるものだ。でも同時に、過去に得た喜び、幸福感、笑い、受け取った愛についても生き生きと思い出すこともできる。正と負、光と闇。どのような感情でも、ただありのままに感じていい。そして「シリアゲムシ」のカードのように、不要になったものは埋めて、新しい自分になることを選ぼう。過去のできごとや自分にしがみついているほど、人生は長くない。
