この世界には歴史上、王様とか皇帝という存在がいました
ヨーロッパで近代市民革命が起こったときに、
王様というのは人々をいじめるばかりで
自分は贅沢をしており、無用の存在だ、ということで
処刑されたりして、
そのあとに現在まで続く民主主義の世の中がやってきましたよね
そこで考えられていた王様というのはようするに、
権力とか財力、軍事力といった力は有しているものの、
なんら尊敬すべき人格とか特殊能力というのは持ち合わせていなくて、
ただ、その力によって人民をいじめて
みずからは贅沢の悦楽にふけっている、という
そんな堕落した王様の姿だったんですよ
でも、考えてみれば
それが唯一の正しい王様の姿、というわけでもありませんよね
古代中国にも、王様とか皇帝とかいった存在がいたんですが、
そこでは王権というのはしばしば
龍にたとえられることがありました
つまり、王や皇帝というのは天意を体現するような存在で、
王や皇帝が優れた人格を持っていれば
天もそれに応えて気象もおだやかになり、作物もよく実るのですが、
王や皇帝が堕落すると、天も怒って
天変地異なども頻発するようになる。。。
ある意味では非常に摩訶不思議な
そんなことが古代中国では考えられていたんですよね
そもそも、王や皇帝というのはもともとは
どんな存在だったのでしょうか
ただただ、幸運によってたまたま
人よりも優れた権力とか財力を持ち合わせるに至った
ただの人間なのでしょうか
それとも、古代中国で言われていたように
なにか天意を体現するかのような存在だったのでしょうか
自分が思うに、もともとは
王や皇帝というのは、
人間の性質と神様の性質を併せ持つような、
そんな存在だったのではないかな、なんて思うんですよ
人間はわかりますよね
神様って、なんでしょう
神様の不可思議な力は、いったい
なにが源泉になっているのでしょうか
神様の力は、野を駆け回る禽獣とか、
あるいはかつて地球上に存在したような恐竜とか、
そういった、物理的、肉体的な膂力が
その力のもとになっている、とは
自分はどうも思えないんです
神様って、イラストとかで描かれたときに
よく頭の上に輪っかみたいなんのっけていることがありますよね
仏様とかの仏像でも、
頭の後ろに日輪みたいなん背負っていることがあるでしょう?
つまり、神様仏様のその偉大な力というのは、じつは
頭脳のほうから来ているんじゃないか
自分はそんなふうに思うんですね
とすると、神様と人間を合わせたような存在である
王様とか皇帝の偉大さというのも、
じつはもともとは、
その尋常ならざる頭脳からやって来ているんじゃないか、と
自分は思うんですよ
王様や皇帝というのはもともと、
はるかな昔においては
みずからこの世界のことを考えて、考えて、考え抜いて
ついに尋常ならざる神秘的な洞察に到達し、
その結果として神通力のような特殊な能力を手に入れて
自然界の動向にも影響を及ぼせる存在にまでなった。。。
そんなふうにも自分は思うんですよ
つまり、世界の秘密を知ることで
世界そのものに影響を及ぼせるようになった、
それが王様とか皇帝のもともとのかたちだった
というわけなんですね
とすると、です
ここで、つぎのような問題が生じてくるんですよ
この特殊な力を手に入れた王様や皇帝というのも、
もちろん生身の人間(たいていは男性かもしれませんね)ですから、
その生身の人間らしい固有の
自分自身の願いがあるわけなんです
なんでも自分の願いが叶う、となったら
人は通常、どんなことを願うでしょうか
ましてそれが、青年期から壮年期の男性
ということであれば。。。
通常は、若くて美人の女性と
思う存分、性的な欲望を実現したい、
なんてことをその男性は思うでしょう?
特殊な力をみずから手に入れた王様や皇帝も
もちろん、そういう願いを持つわけですよ
でも、それだと都合が悪いという
人たちがいます
それが、この世界にあまねく存在する
数多の人民たちなんですね
人民としては、
作物が豊かに実ったり、天変地異などが起こらないで
気象もおだやかであったり、といった
世の中全体の幸福のようなものを願うわけなんですよ
これ、どう思いますか?
普通に考えたら、
王様とか皇帝とかは
みずからの淫欲みたいな私利私欲の実現を目指すのではなくて
世の中の万民の願いを叶えるべきだ、
なんて思うかもしれませんね
でも、自分は全然そうは思わないんですよ
むしろ、そういう考えには虫唾が走ります
と言いますのも、この
世界全体に影響を及ぼすような特殊な神秘的な能力というのは、
どのようにして入手できたものでしょうか
なにか、万民の貢献がそこにありましたか?
違いますよね
この特殊能力は、たった1人の王様や皇帝が
みずからの思考のなかに深く深く沈潜して
独力で神秘的な洞察に至った結果として
入手されたものなんですよ
ということは、この特殊能力の所有権は
王様や皇帝本人だけにあります
この特殊能力を世の中の万民のために使ってくれたら
人民としてはうれしいでしょうが、
そのような人民の都合に配慮しなければいけない責務は
王様や皇帝にはありません
王様や皇帝は、その能力を
純粋に自分のためだけに使用できる権益を持っています
人民は、王様や皇帝がその特殊能力を人民のために使ってくれたらうれしい、
という気持ちとか都合を持っているのですが、
そこからさらに進んで、
王様や皇帝はその特殊能力を人民のために使う責務がある、
などと曲解してはならないのです
もともと、人間は普通はそんな神秘的な洞察になど
至れないことのほうが普通、通常なのであり、
それゆえ、そんな神秘的な能力なども
この世にはそもそも存在しないことのほうが普通なのです
それを、そのような能力があるのが普通であり
それを人民のために使うのが当然だ、などとは
絶対に曲解してはいけないのです
とすると、状況は以下のようになります
①王様や皇帝はみずからの神秘的な洞察の結果、
世界を動かしたり願いを叶えたりすることのできる
特殊能力を有するに至り、その能力は
個人的な欲望を叶えるためにも、人民の願いを叶えるためにも
どちらにも使用することができる
②王様や皇帝も生身の人間であるから、
みずからの性欲を野放図に実現したいという
個人的な欲望を持っていて、
その能力はみずからの努力によって獲得されたものである以上、
みずからの個人的な欲望に使用する権利を当然、
王様や皇帝は有している
③人民は、王様や皇帝がその特殊能力を獲得するうえで
なんらの貢献をしていないので、
その能力がどのような目的に使用されるかについては
まったく口をはさむ権限は持ってはいないが、ただ
人民のため、世界のためにその力を王様や皇帝が使ってくれると
うれしいなあ、という気持ちを持っている
④そして、ここがポイントで大事なところなのだが、
作物を豊かに実らせたり、天変地異が起こらないようにしたり、
気象をおだやかにさせたりすることのできる特殊能力は
通常の人間は持っていない、なので
その方面の願いというのは、特殊能力にたよる必要があるのに対して、
ある特定の人間に若くて美人との性欲を実現させるというのは
特殊能力がたとえなくても、人間の行動と決定、差配によって
実現可能である
このような状況になっている、というわけなんですよ
となると、どのようにすればいいか、わかりますか?
王様や皇帝の願いだけを実現して人民の願いは無視する、のか
それとも、
人民の願いを優先して王様や皇帝には我慢してもらうのか、という
二者択一で考える必要はないんですよ
王様や皇帝の個人的な願い、人民のもつ願い、
その両方を、ともに叶えたらいいんですね
まず、作物を豊かに実らせてほしい、天変地異が起こるのを防いで
気象もおだやかにしてほしい、
なんとなく世の中がうまく治まるようにしてほしい、という
人民の願いについては
王様や皇帝の特殊能力を使えばいいんです
こちらは、通常の人間の力で実現できる内容ではありませんから
そのいっぽうで、若くて美人の女性と思いっきり
エッチなことがしたい、という
王様や皇帝の個人的な欲望については、
それに王様や皇帝の特殊能力は使わないで、
人民が王様のためにそれを準備してあげればいいんですよ
こちらのほうは、特殊能力がなくても
人間がやろうと思えば実現できる内容です
それが、帝国全土から若くて美人の女性を徴発して
王様や皇帝の後宮に送りこむという、
中国大陸においては連綿と続いてきたシステムだと思うんですね
ここにおいて、
王様の願いと人民の願いが
双方ともに実現される、ということになるんですよ
王様はみずからの特殊能力をもちいて世を安寧にたもつ(府中)、
王様の個人的な性欲は人間が叶えてあげる(宮中)、という
分化が、ここにおいて成立することになります