どんなに頭にきても、冷静になることが大切
次にわたしがNさんに伝えたのは、
「決して、感情的になってはダメです。
人に聞かれたら評価を加えず、感情はよそに置いて、起きた事実だけを話す。
そこに感情論を入れたらダメです。
そして、決して、自分からこの話を広めないこと。
心配しなくてもどうせ広まるから。
聞かれたことだけを話す」
いいですか。行動するとは、自分が被害者だと触れまわることではありません。
冷静に判断をして、理性で動くということです。
暴力女Aと被害者Nさんのうさわはたちまち社内に広まっていきました。
うわさの主は、もちろん、二人の間に偶然出くわした第三者の女性です。
このことが、Nさんにとってはある意味、救いでした。
「ねえ。叩かれたんだよね。なにがあったの?」
Nさんは、事の経緯を一切の脚色を入れずに時系列順に話して聞かせました。
「それはひどい。ちょっと、きちんと上に話したほうがいいんじゃない」
「でも、Aから絶対に誰にも言うなって言われたし…」
「ちょっと、それ、いくらんなんでもひどすぎない!わかった。わたしが上司に言ってあげるから」
このとき、二人の間で交わされた会話です。
このときNさんは、まだ、行動を起こす気はありませんでした。
ただ、うさわは全員に広まることになりました。
普段なら自分から騒ぎ立てる暴力女Aですが、今回に関しては、誰にも言わないでしょう。
明らかに自分にとって分が悪い。
どんな言い訳をしても、どんな理由があろうとも、手を出したらお終いです。
それが社会の掟です。
Aもそのことは十分、理解しているはずです。
不可抗力とはいえ、叩いてしまったことは事実ですし、叩かれた側の怒りもわかっているでしょう。
だからこそ、彼女にできることは、Nさんにきちんとその場で誠心誠意謝ること。
それだけでした。
それがAにできる唯一の後始末だったのに、それをしなかった。
それさえできていれば、Nさんも理解してくれたでしょう。
「もう終わったことだから」と言ってくれたでしょう。
Nさんだってトラブルは避けたい。
話が大きくなるのは本意ではない。
でも、もう遅い。賽(さい)は投げられたのです。
女の武器は通用しない
Nさんはわたしに、
「Aさんと顔を合わせたくないので、明日は仕事を休もうと思います。一日ゆっくり休んで冷静に考えたい」
そう提案してきました。
そこでわたしは、
「絶対にダメです。
もし、休んだら、事情を知っている男性社員の信用を失います。
『こんなことで休むなんて、結局は甘えている』と、言われます。
会社でこれくらいのトラブルは当たり前。
当たり前に起きているトラブルでいちいち休まれたんじゃ会社もたまらない。
こういうことが起きたらこそ、絶対に休んではダメなんです。
同僚にとって、二人のトラブルは、ただの厄介ごと。
明日、Nさんが休んだら、今度は、その割を食った人からも嫌われますよ。
関係ない人にとって二人は完全に同罪になる」
「じゃあ、わたしはやられ損ということですか?」
「そうです。暴力を振るわれた時点でやられ損なのです。自動車事故と一緒です。起きた時点で、被害者側にもなにか過失あったのではないかと警察も疑うのです。いまは、マイナスをゼロに戻す段階です。
だからこそ、決して感情的になって自分からペラペラ話してはならないのです。
つらい気持ちまで我慢する必要はないけれど、いまは、会社に迷惑をかけないように頑張ることが大切なのです」
翌日も、Nさんは出社しました。
「よく会社に来られたね。わたしだったら休んでるわ」
事情を知っている同僚女性が話しかけてきます。
それが、同情なのか、皮肉なのかわかりません。
事件からわずか2日後、Nさんは上司に呼ばれました。
「明日、社長が二人を別々に呼んで、事情を聞きたいと言っている。その前にわたしに詳しく教えてほしい」
と、いう話でした。Nさんは上司にことの経緯を話しました。
「Aさんにも聞いたのですか?」
「これから聞く」
上司は多くを語りません。ただ、こう言いました。
「暴力事件が起きているみたいなことをみんなが話している。
会社はこのまま黙っているのかと女性社員が騒ぎ始めている。
だから、社長がきちんと事情を聞きたいと言っている。
まったく迷惑な話だ。
なんでみんなもう知っているんだ。
どうせ、君が広めたんだろう」
やはり、これが、大半の男性社員の総意だということです。
この状況を、
セカンドレイプ
と、言います。
Nさんは、ここで、本当の意味での身の危険を感じました。
(まずい、このままでは、わたしはこの会社にいられなくなる)と。
お尻に火がつきました。
「社長と直接、話をさせてください」
「わたしが伝えるから大丈夫」
「いえ。誤解があるなら解きたいんです。お願いします。社長にわたしから直接、説明をさせてください」
その数時間後、上司から、明日、社長に話すようにと言われました。
Aさんも社長と話すことになりました。
そして、翌日、Nさんは社長に事情説明をすることになりました。
つづく
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