- 中世のパン (白水Uブックス)/フランソワーズ・デポルト
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パリ大学ナンテール校の先生が書いた学術書の翻訳。
学究のテーマとして俎上にのせられた『パン』
延々と、文献の地味な記録の検証が続く。
それでも、なぜかなぜか、読んでしまう(笑)
中世の時代
パンの生産は、専門職のパン焼き職人たちによって
担当されるようになった。
ブーランジェリの発祥。
そして、一個あたりのパンの値段は領民をなだめる
方便として、常に一定に保たれたという。
しかし、小麦の豊作・不作によって
パンの値段は変わらなくても、一個あたりの
大きさが当然変化し
(大きくなることは滅多にない)
白いパンは最上等のものだったが、ライ麦や
ふすまなどのまぜものが増える割合の変化も
ともなった。基本は、パン種の重さで「一個」を
決めたらしい。
平均で400g超え。
大きなものでは、およそ1kgあったという
丸いパン。
この規格をチェックする「試験」のようなものは
非常に大切な行事だったらしい。
一般的な人々に食べられた「パン」は
パン・ド・カンパーニュが
今にその時代のパンの雰囲気を伝えて
いるかなと、読み進めながら思った。
パンは、封建領主にとって「統制品」として
重要で、住民の食べるパンの確保とそのための
細かく定められた規則が、文献として各種のこされている。
しかし実際に食べていた「消費者」の声は
存外、残っていない。
これらは、想像するのみなのだという。
またパンを焼くかまどと、粉をひく水車、風車は
勝手に設置することはできなかったそうだ。
パン焼きかまどに、種を送り込む
大きなシャベルを手にした
パン職人の守護聖人サントノーレは
パン職人の職業組合の発展とともに
おまつりの行列と、組合のシンボルとなった。
(5月16日がサントノーレの祝日)
サントノーレの名前をもらっているパン屋さんは
日本にもありそうだ。
レシピや、調理法の詳述はない。
経済を支えた主たる穀物、食品としてのパンの
役割と、その流通についてのとても地味な研究。
読後の味わいは、逆に無味乾燥ではなく
今から600年くらい前の人たちはどうやって
日々の大切な糧を生産していたのか、
そして大変さが
なかなかリアルに想像できるのだった。
日本橋浜町・タンネのパンで作った
特製minサンド。
「大根と胡瓜のツナサラダ」が具です。
のこりものです(笑)
しかし、これが酸味の強い黒い無漂白の
パンにぴったりで、
赤ワインにばっちりです。(^-^)
機会がありましたら、おためしください♪
今日の一曲
♪The Glass Hall - Andreas Vollenweider♪
(YouTUBEへのリンクです)
windtalker minsuke 2008 一昨年の今頃、ワタシはこんなことしてました
7/16 http://ameblo.jp/windtalker2008/day-20080716.html
windtalker minsuke 2009 去年の今頃、ワタシはこんなことしてました
