下村湖人から学ぶ人生の教訓についての考察です。
下村湖人を知っている人は
現代ではほとんどいないと思いますが
若い人たちだけでなく
とても勉強になると思い、今回取り上げてみました。
下村湖人(1884年~1955年)は、
明治・大正・昭和を生きられた教育家で
東京帝国大学英文科を卒業した後
母校の佐賀中学校教師をはじめ
鹿島中学校の校長等を歴任し
青少年に影響を与えた
『次郎物語』の著者として知られている人です。
この小説は
湖人自身の体験が反映されていて
自伝的色彩が濃い作品であり
第五部まで書かれています。
その先の構想まであったものの
本人が1955年に死去したため
未完の作品ですが
児童文学として一読の価値はあります。
第一部のあとがきには
以下のことが記述されています。
「私はこれまでに何冊かの本を書いたが
もし、一生のうちに一冊だけしか本が書けないものだとしたら
私は恐らくその一冊にこの「次郎物語」を選んだであろう。
それほど私はこの本が書いてみたかったし
書いて置かなければならないような気がしていたのである。
(中略)
私の願いは、私の書いたものを、一人でも多く読んでもらいたいということだけである。
私は、この本を世の親たちに読んでもらいたいばかりでなく、
また児童相手の教育者や、児童心理の研究者にも読んでもらいたい。」
すべての人間が
本能的に求めている最も大切なものを
拒んではならない人によって拒まれたことで
どんな健全な人間でも、
変質者らしく振舞わせる二つの大きな原因を
湖人はあげており
それが
食物の飢餓と愛の飢餓です。
しかし
湖人の作品として
是非とも読んでいただきたいものは
『青年の思索のために』です。
この書籍は青年だけでなくすべての人に読んでもらいたい
名著です。
一部を以下に抜粋します。(若干文言を修正しています。)
悲運に処する道
林檎園の青年哲人
東北地方の某農村で、六、七年前から林檎園を経営して見事な成績をあげている青野君という青年がいます。
つぎのような問答をとりかわしました。
「林檎園の経営をはじめてから、一番つらいと思ったことは何でしたか。」
「一度だけしみじみつらいと思ったことがありましたよ。この仕事をはじめた最初の年、台風におそわれたことです。私が二十三の時でした。」
「しかし、二回目からは、もうそれをちっともつらいと思わなくなったのです。」
「最初の被害の時に、私のものの考えかたをすっかり変えてしまったためです。」
「私は、風に吹きおとされた林檎を、被害だとは思わないで、あべこべに、天の特別の賜物だと思うようになりました。」
「林檎が片っぱしから吹きおとされるのをじっと番小屋から見つめているうちに、
次第にそんな考えに変って行ったんです。
むろんはじめのうちは、せっかく丹精したものがむざむざと地にたたきつけられるのを見ていると、
今にも気が狂いそうでした。しかし、同じ木になっている林檎でも、
わけなくおちる林檎と、なかなかおちない林檎とがあるんす。
それに気がつくと、私ははっとしました。そしてこう思ったんです。
台風は毎年吹く。吹くものと覚悟しなければならない。それは天の運行だからだ。
この天の運行を予定しないで林檎園を経営するのは、人間が勝手に天に甘えるというものだ。
天に甘えないようにするにはどうしたらいいのか。
それは、林檎園を完全に台風から保護するか、台風に襲われても吹きおとされないような丈夫な林檎を育てるより外はない。
天意にかなった林檎なら、かならず梢にのこる。」
「そこまで考えて来ますと、吹きおとされた林檎はもともと自分のものではない。
これは天の特別のお恵みだ、と考えるようになって来たのです。
そうなりますと、私は天をうらむどころか、敬虔な気持になって天に感謝しないではいられなくなりました。
それ以来、私は、吹きおとされた林檎をジャム工場に売った金だけは、特別預金にして、私用には使わないことにしているのです。」
悲運を見つめる
自分ではどうにもならないとわかり切っている災害に対して
いたずらに騒いで見たところで仕方がありません。
大事なのは忍従であります。忍従は屈服とはちがいます。
避けがたいものをそのままに受けとり、
その中にあって魂の自由を確保し、新しい出路を発見し創造せんとする心の態度
それが忍従であります。
反省より感謝へ
災害の責任を天候に帰さないで自分に帰し
自分の努力がまだ十分に天意にかなわなかったからだとしていることであります。
どんな場合にも、先ず自分を省み、自分を責める。
われわれは決してこの心を失ってはなりません。
それは、人間の向上発展はこの心のあるなしによってきまるといっても
いい過ぎではないからであります。
1930年(昭和5年)から1931年(昭和6年)の
昭和恐慌を経験した中で書かれた書籍であり
自助努力の大切さをはじめ
いろいろなことを教えてくれる
示唆に富んだ書籍です。
このような名著を書かれた方が
わずか65年前に居られたことを誇りに思います。
現代ではあまり知られていない偉人ですが
インターネットの「青空文庫」でも読めますので
皆様に是非ともお勧めしたい書籍です。