法治国家についての考察です。

 

法治国家とは

国家が定めた憲法や法律に基づいて

国家運営がなされる国家と定義されており

この意味では

ほとんどの国家が法治国家になるのでしょう。

 

16世紀~18世紀のヨーロッパにおいて

近代国家が誕生する過渡期に

強力な権限を持った王様などが支配する

絶対主義を否定する過程で

法律に基づいた統治の方が

公平さを担保できるシステムであるとの

認識から成立してきております。

 

しかし、

法治主義にも

法の形態を備えてさえいれば

悪法もまた法となり

国民を抑圧できるという

問題点があります。

先日成立した

などはその実例でしょう。

 

その意味で

中国の共産党幹部たちは

自国を法治国家と

思っているのかもしれませんが

習近平による人治国家であるとの

認識が方が正しいと思います。

もし

彼らが自国を法治国家というならば

彼ら自身

自国の憲法を知らないか

法律が憲法よりも上位法

と思い込んでいるとしか考えられません。

 

「中華人民共和国憲法」

には以下の内容が明記されています。

第一章 総則

第1条
中華人民共和国は、労働者階級の指導する労農同盟を基礎とした人民民主主義独裁の社会主義国家である。
社会主義制度は、中華人民共和国の基本となる制度である。いかなる組織又は個人も、社会主義制度を破壊することは、これを禁止する。

第3条
中華人民共和国の国家機構は、民主集中制の原則を実行する。

第二章 公民の基本的権利及び義務

第33条
中華人民共和国の国籍を有する者は、すべて中華人民共和国の公民である。
中華人民共和国公民は、法律の前に一律に平等である。国家は、人権を尊重し、保障する。
いかなる公民も、この憲法及び法律の定める権利を享有し、同時に、この憲法及び法律の定める義務を履行しなければならない。
第34条
中華人民共和国の年齢満18歳に達した公民は、民族、種族、性別、職業、出身家庭、信仰、宗教、教育程度、財産状態及び居住期間の別なく、すべて選挙権及び被選挙権を有する。

ただし、法律によって選挙権及び被選挙権を剥奪された者は除く。
第35条
中華人民共和国公民は、言論、出版、集会、結社、行進及び示威の自由を有する。
第36条
中華人民共和国公民は、宗教信仰の自由を有する。

 

総則で社会主義を標榜することはいいとしても

公民の基本的権利及び義務については

全く守られていません。

これだけ見ても

中国が法治国家でないことは一目瞭然でしょう。

 

法律とは

本来、自由を保障するべきものなのです。

法律を侵さない範囲で

国民は自由な行動が保証されるのです。

 

オーストリアの経済学者

『隷従への道』で有名なハイエクは

「計画経済」は必ず破たんし

国民の不満が生じるため

為政者たちはその不満を抑圧しようと

「独裁」につながる

と述べており「自由」の大切さを強調しています。

 

経済システムと政治システムは

密接に関連しています。

その意味でも

自由を制約する法律は

なるべく少ないのがいいと思います。

 

法律に似たものに戒律があります。

仏教では

在家信者の「五戒」から始まり

女性の出家者(比丘尼)に対して

348の戒律があります。

 

しかし、

これらの戒律を

釈尊は

教団設立当初から

制定していたわけではありません。

随犯随制といって

教団内で問題が生じると

その都度

今後、このようなことはしてはいけない

と戒律を制定していったのです。

 

王子として生まれ

帝王学を学んでいた釈尊は

当然リーガル・マインドを持っていたと思います。

しかし

釈尊は

人間を善なるものと捉え

各人に宿っている仏性を信じ

自由の規制を極力抑えていたのだと思います。

 

法律をすべて撤廃する必要はないと思いますが

色々な分野の参入障壁となっている法律は

逐次改正していって欲しいものです。

立法府同様に廃法府の設置を

検討してもいいと思います。