全体主義に対する貴重な考察として
自分自身の実体験を踏まえた書籍を著わしている
政治哲学者ハンナ・アレント(1906年~1975年)
という方がいます。

彼女は
ドイツ出身のユダヤ人で
ナチズムが台頭したドイツから
アメリカ合衆国に亡命しています。

彼女の名前そのものがタイトルになった
映画があり、日本でも放映されましたが
超マイナーで見た人はあまりいないと思いますし
彼女の名前を知っている日本人は多くないと思います。

ポーランドのアウシュヴィッツ収容所で
100万人以上のユダヤ人が殺害されており
首謀者のアドルフ・アイヒマンが
第二次世界大戦後

1960年にモサド(イスラエルの情報機関)によってイスラエルに連行され
1961年に裁判にかけられ、翌年5月絞首刑に処されています。

この裁判を傍聴していたアレントは
「悪の凡庸さ」という言葉を残しています。

信念も邪心も悪魔的な意図もなく
「上から言われたことをしただけ」
と裁判で語っていたアイヒマンに対する
彼女の鋭い洞察力から発された言葉です。

考えることを放棄することで
誰もがアイヒマンになりうるのです。
善悪の判断を放棄したとき
平凡な人間が世界最大の悪を犯しましたが
その可能性は誰にでもあり得ることを
この実例は示していると思います。

もちろん中心人物(ヒトラー)は
悪魔的な人間で
自分の信念(征服欲、破壊欲)に基づいて
命令を出していたはずです。
周りの取り巻きは、
イエスマンばかりで
思考を停止させ
システムを無批判に受け入れる以外
自分の身を守れなかったのでしょうが
その代償として
死後の地獄が待っています。
(判断力を放棄しなかった者たちは
暗殺を企て、粛清にあっています。)

習近平と取り巻きの共産党幹部
麻原とサリン散布取り巻き幹部
このような事例は枚挙にいとまがありません。

ヒトラー率いるナチス(国家社会主義ドイツ労働者党)は
当初、右翼の野党にしか過ぎませんでした。
1929年の世界恐慌以降、国民の社会不安を背景に支持を拡大させ
1932年の国会選挙で国会の第一党を占めるに至ります。
つまり、正当に選挙で選ばれた政党です。

民主主義が健全に機能するためには
国民一人一人が
思考することを放棄せず
マスコミや政府のプロパガンダを

鵜吞みにせず

自分の欲望のみに基づいて
投票しないことが
とても大事であることを教えてくれています。

武漢ウイルスで
経済が悪化し
政府がなんでも補償するなどと
甘言で国民の関心を集めはじめると
非常に危険な状態が生じかねません。
 

いかなる人間も

組織に属さない人は

一人もいません。

しかし

組織に属することと

組織に依存することは

同じではないと思います。

所属している組織の方針には

基本的に従うべきと思いますが、

自分の良心に誓って

従うことができない場合は

潔く出処進退を決断できる

自分でいたいと常に思っています。

 

学ぶことをやめ

思考を放棄した国民が増えた時

そこに全体主義国家の影が

忍び寄ってくるのだと思います。
 

学び続け

真理を求め続ける

自分でありたいと自戒しています。

皆様の何らかの参考になれば幸いです。