以前、断善根についての考察をしました。
結論から申し上げますと
すべての人間に仏性が宿っており
その発現のレベルに違いがあるだけです。

改めて、仏性とは何であるかというと
これは、大乗仏教の教理で説かれている教えで
仏になり得る可能性の事です。

宗教のタイプは
大きく分けて2種類あるといわれており
・神人隔絶型
・神人合一型
に分類されています。

ユダヤ教、キリスト教、イスラム教などは
神人隔絶型の宗教で
これらの宗教では、
神と人間では、
圧倒的な差異があり
人間は神によってのみ救われる存在で
神となることは許されません。

一方、
神人合一型の宗教は、
神が創造された万物に
神性(仏性)が宿るため、
神と人間は一体であり、
人間は、
神近き存在となっていくことができる
と説かれています。
仏教、汎神論、神秘主義などが
これに該当します。

特に仏教では
仏に成る(成仏する)ために仏道修行しているため
内なる仏性を開花させ
悟りの階梯を昇っていく道が
説かれています。
仏性を開発して
自身の煩悩を滅尽し
苦しみから開放されることで、
他の衆生の苦しみも救済していけるのです。

世間一般では、
人は、
死後、みんな仏になると考えており
刑事ドラマなどで、
死んでしまった人に対して
この仏さんは?って言う台詞を聞きますが
これは、明らかに間違っています。

このような考えが出てくる背景に
実は、天台本覚思想があるのです。
本覚とは、
「仏性を持った人間は
 生まれた時から悟った存在であるため
 全員、成仏できる」
という考えです。
最澄の設立した比叡山はこの思想です。
これが日本仏教の主流をなしてきたため
一般にも浸透している考えなのです。

しかし、
この思想を突き詰めると
修行論が不要になり
釈尊の教えに反していることが
分かります。
「一切衆生悉有仏性」
(全ての生命は仏性を持っている)は正しいですが、
この考えを飛躍させて
「一切衆生悉階成仏」
(全ての生命は成仏している)は間違いです!

ところが、
悉階成仏の方が
忍耐を要する修業が不要となるため
長い歴史の中で人気があったことは
容易に推察できます。

間違った教えを説いたことで
最澄は天上界に
帰ることができないでいる
と言われています。

釈尊の真意が

歴史の流れの中で

様々に間違って解釈されていることは

とても悲しいことです。

釈尊自身は、

自助努力の人で

修行の中で悟りを開かれ

衆生を救済された人です。

 

人間はともすれば

安易な近道を選択する傾向になりやすい

ものです。

自分の中にもその傾向は見られます。

 

世の中に満ち溢れている

安易な儲け話や

○○日で英語が話せる

といった類の詐欺商法には

注意が必要であると思います。

 

仏性と成仏を考える際の
参考になれば幸いです。