「真理は汝を自由ならしめん。」
と言われています。
真理を体得した者は
一切の束縛から逃れて
自由の境地に達することができる。
と解釈してよいでしょう。
仏教的には
真理を極め悟った人は
解脱して自由になれるということでしょう。
儒教的には
心の欲する所に従って矩を踰えずの
境地だと思います。
これらを前提とした
戒律についての考察です。
モーゼの十戒、仏教の五戒など
すべての宗教には戒律があります。
その理由として
初期の真理探究者に対しては
善悪二元論的な指導が
自分を悪から守るという
教育的観点から解かれた
教えと解釈しています。
戒律を守ることで
戒体という、
目に見えないが
実在する「聖なるオーラ」を
纏うことで
悪からの誘惑を防げるのです。
しかし、
全ての戒律を守ることが
必ずしも正しいとは思いません。
その教えが説かれた
時代的な制約から発生したものが
あるからです。
一例として
イスラム教の
豚肉禁止は有名ですが
当時は、冷蔵庫もなく
保存技術も発達していなかったので
寄生虫、ウイルスなどによる
食中毒の危険性を経験的に
理解した上での戒律だと思います。
これは、普遍的な戒律ではないでしょう。
実際
イランからの留学生が
日本のとんかつを食べて
あまりにおいしかったので
この戒律を守ることの
無意味さを感じたとの
話を聞いたことがあります。
我々が守るべき普遍的な戒律は、
世界宗教が説いている共通の戒律で
十分だと思います。
具体的には
殺人、暴行(姦淫)、盗み、うそ
これらの戒律は全ての宗教で
説かれています。
飲酒に関しては
完全否定は
現代社会では難しいかもしれませんが
昏睡するまで飲むのは慎むべきでしょう。
これら5つの戒律を守って
日々精進していけば
悪からの誘惑は少なくなるはずです。
そして、
魂の成長とともに
この世的な束縛から離れ
真の自由を手にすることが
可能になると思います。
戒律が
人々の自由を奪っていることは
とても悲しいことです。
時代に合わない戒律は
是非とも修正し、
原理主義者による
宗教戦争が起きないことを
切に願っています。