先祖供養についての考察です。

 

伝統宗教では先祖供養の大切を

説いているところは多いいと思います。

 

新興宗教では、

先祖供養を全く説かないところと

間違った先祖供養で

信者を脅しているところがあるように思います。

 

先祖供養は必要か必要でないか?

この質問に対しては、

釈尊の教えの原点に返って

考えてみるべきでしょう。

 

結論から申し上げますと

必要だと思います。

なぜか?

自分が現在、存在している根拠だからです。

そして、

先祖が自分を見ていると意識することで
悪を犯さない抑止力にもなり、
さらに、その先には
神仏に観られても恥ずかしくない
自分づくりへの原動力になるからです。
 
先祖や神仏の目を無視できればこそ
悪を平気で犯すことができるのです。

 

そして

釈尊の教えの基本は
因果の理法と自己責任の法則です。

天国・地獄は100%あります。
先祖が
天国に帰っているか。
地獄に落ちているかは。
本人の生前の「思い」と「行い」の結果であって
自己責任の法則によるものです。

間違った先祖供養をしている宗教では、

現在の自分の不幸を

先祖のせいにしたりして

法外な供養料を要求するところもあるようです。

自分が不幸なのも、

先祖が迷っているのも

全て自己責任であることを

まず、理解してください。

そして

先祖がどちらに行っているかは、
霊能者に聞かなくてもわかります。
その人が、生前
徳ある生き方をしていたか。
誠実で、謙虚に、コツコツと真面目に
人に優しく、明るく積極的に生きていたか。
その反対に
人に厳しく、怒鳴ったり
ケチで、自己中心的で
人から奪うことばかりしていなかったか。
酒や賭博にのめりこんだ生活をしていなかったか。
出世欲や名誉欲だけで人を見下したりしていなかったか。

このような点をチェックしてみれば
どちらに帰っているかは明白でしょう。
また、自分自身を振り返ってみれば
将来、自分が行く場所も予測できるはずです。

天国に帰っている先祖に対しては、
感謝の思いで
ご指導していただくことをお願いして
彼岸やお盆の時に供養すれば十分だと思います。

地獄に行っていると思われる先祖に対しては、
自己責任の原則を知ってもらったうえで、
生前の自分の間違いを反省して
神仏に詫びることで天上界に帰れます。
ただし、先祖自ら生前の間違えを悟ることは
それほど簡単ではありません。
そのため、
子孫が正しい生活をし
その生活を見て反省してもらうことが
一番の導きになります。

それでは、先祖供養は効かないのか?
これに対する答えとしては、
釈尊のご説法が参考になります。

釈尊の弟子である目連の母が
生前、慳貪のため
地獄に落ちていることを神通力で知り
なんとか救済したく、
釈尊に相談したところ
「お前の母親の罪は深いので、一人の力ではどうにもならない」と
自己責任を説きつつも。
大勢の僧侶が集まる時に、その僧侶らが供養すれば
餓鬼道の苦しみを抜けられる
と教えています。
これが、廻向の原理といわれるもので、
功徳のある僧侶により
天上界の光を投げかけることで
救済が可能になります。
しかし、
これは、「功徳のある僧侶による供養」
という条件が必要です。

あの世を信じていない巷の僧侶では救済は不可能です。
救済力のある僧侶を見つけるのは
それほど容易ではないので
自分の生活を正し
後ろ姿で先祖に気づきを与えることのほうが
有効的だと思います。

本当に救済力のある宗教、僧侶は限られています。
知りたい方は、ご連絡ください。
まずは、自らの生活を振り返り

神仏から観られて恥ずかしくない生活を

心がけみてはいかがでしょうか。