知的正直ということについての考察です。

(Intellectual honesty)

 

この言葉は、あまり聞いたことがないと思います。

この言葉は、

渡部昇一先生が

「知的生活の方法」の書籍の中で

述べています。

 

幼少時に

将棋を指している仲間の中で

自分ともう一人の子は

相手が見ていなくても

勝手に駒を動かしたりしなかったが、

他の子供たちは

ちょっとした隙に

駒を動かしてごまかしていた。

しかし、自分ともう一人の子供以外は

その後に将棋は強くならなかった。

 

これは、単なる道徳論で言っているのではなく、

本当に知的生活を目指している人であれば

忘れてはならない精神的態度です。

つまり、自分をごまかさずに

わからないことに耐えることなのです。

 

中学や高校、大学で

様々な科目を学びますが、

高学年に進むにつれて

わからない領域は増大してきます。

その時に、自分をごまかさず

わかった気にならずに

正直にわからないことを認めて

その時点ではわからなくても

何がわからないかを忘れずに

時間を耐えていくことの精神が

知的正直さなのです。

 

具体的には、

英文の長文読解など

構文や単語の意味を正確に理解するまで

考え抜く態度であるともいえます。

漠然とした意味で分かった気になっていると

だんだんと長い英文に出会ったとき

意味の取り間違えが生じ、

学ぶことが楽しくなくなってきます。

 

数学の軌跡問題や幾何学の図形問題なども

少し考えて、わからなければ

解答を見て納得することばかり繰り返していると

本当の実力はつきません。

日本が生んだ天才数学者の岡潔先生も

同様のことを言っております。

 

このような知的正直を持っていると

一見遠回りに見えるプロセスが

最短の最善策であることが

往々にして起きてきます。

 

社会人となり

仕事を効率的にこなさなくてはいけないことは

やむをえませんが、

そのような時にも

わからないことを忘れずに

時間を耐えて理解するよう努力していく中で

経験知が蓄積されてゆき

年齢とともに理解できるスピードも上がってきます。

 

青年や社会に出て数年の若者たちには

この「知的正直さ」の大切さを知って

知的訓練を続けていってほしいと

切に願っています。

 

このような人材が多数輩出される国は

衰退することはなく

他の困っている諸国を支援する

ノブレス・オブリージュ

を果たしていくことができると

信じています。