ソウルワークをやっていくうちに様々な気づきと目覚めがあるでしょう。

その時に気がついてほしいのは
ソウルワークは
目に見える成果がはっきり出てこないものもあります。
実用的でないソウルワークもあります。
目に見えない領域を扱うソウルワークもあります。

その時に

実用的でないものだからいらない
目に見える成果がないから価値がない

と切って捨てることがないようにお願いしたいのです。



私は地球の社長クラスの中で美、芸術を担当しています。だからいえることがあります。
人によって美や芸術などというものは余計なもの
余暇で扱うもの
本筋ではないという認識です。

私はそれは違うとはっきり言います。

真善美という言葉もあります。
真なる人生
善なる人生
美なる人生
と置き換えることもできますし、あの偉大な哲学者ソクラテスも美について語っています。

美というものは
プラスアルファな添え物ではないのです。
それを実用性がないからといって簡単に切って捨ててしまうような人がいるのに私は毎回驚愕します。


この文化文明を始める時
社長クラスでどのような人をどの時代の地上にだして
どのような文化文明にするか
どう展開していくかの会議をしました。

今回の文化文明の最後は非常に厳しいことになるということでみな真剣に考えていました。
おおかたの骨子が出来上がった時、私はゼウスと顔を見合わせました。

そして、提案しました。

これでは目的に一直線すぎる
遊びや余裕がない
厳しいことになるのはわかるが
だからこそ美で彩っていくのが大事ではないか?
美をもっと多用した方が良いのではないか?
美の真価を発揮し
そこからも目覚める縁を置いといた方が良いのではないか?

私とゼウスは社長クラスの中でも歴は短く若い方です。
それでも提案をしました。
するとみな黙り
みなさんもよく知る社長クラスの面々が黙り
おもむろに、マヌとゼウスのいうことはその通りだ。
これではいけないということで計画を練り直したのです。



この文明でゼウスや私のいるところで美の華は咲きました。
わかりやすいのがギリシアがそうですね。
いまだにギリシア文明の影響はあります。
ゼウスが出て
ソクラテスたちが出ました。

これでも美や芸術は実用性がないからいらない
目に見える成果がないと言えるのでしょうか?

そして、実用性がないものや目に見える成果がないと価値がないと転ずるなら
もし自分が地上的に老いた時どうなるのでしょう。
実用性があるものを生み出さない自分を知った時
そんな自分を認められるのでしょうか?


赤子やなにも成果を生み出さない子供達は必要ないのでしょうか?
はたまた人生に美はいらないのでしょうか?

女性は美を求めてもそれによって成果など何も得られないのだから
化粧などいらない
服も地味なものでよい
となるのでしょうか


私がこれだけ力を込めて話すのは
実際そういう方がいるからです。
それも女性のアンドロギュノスにです。



アテナも話しているように
アンドロギュノスという魂は私と同じ星からきています。
私は元の星から
アンドロギュノスとアンドロギュノスではない魂とどちらも連れてやってきました。

我々の星は地球より科学は進んでいましたが同じくらい美を大事にする星でした。
ですから、私としては
美を大事にする星から来たのに
アンドロギュノスだと自覚しているのに
美を避けるとはどういうことなのだ?と疑問を持たざるを得ません。



私は整形して顔をかえろとか
ダイエットしろとか
化粧を濃くしろとか
そういう次元で話はしていません。
そういう小手先の話はどうでもよろしい。

真のアンドロギュノスであるなら
美をよく心得ている魂である
アンドロギュノスと美は
同意語と認識されたし

努努わすれてはならない