さてみなさん


こんな声が僕のところに聞こえてきましたよ

ここにくる天界の人たちの声を受け取っている巫女はずるい
直接話がきけてずるい
直接指導してもらえてずるい


嫉妬ですねー
面白い言いますよね。
僕はそういうこという人をニコニコしてみてます。

じゃあ、みなさんも
「巫女」やったらいいんですよ。
巫女講座やってましたよ?
全く隠してません。
オープンです
こうやったら天界と話せるって方法を伝える講座やってました。
でも、誰もが途中で挫折してます。
続かないんですよ。

ずるいといいながら
いざやろうとすると
途中で投げ出す。

人間なんてそんなもんですね。

だから、このブログでも以前
100人いて実践するのは一人いるかいないかだって語られてましたよね?
そういうことなんです。

ほんとに掴みたい人はずるいって言ってる間にやってますよ。

じゃあ、なんでやる人やらない人わかれるんだって気になりますね

それはね
切羽詰まってないからです。
やらなくても困らないからです。
だからやらないんです。

だって、巫女講座で言われたこと思い出してくださいよ。
めんどくさいこと言われたでしょ?
やったことないですよね?

そういうのって簡単に身につかないんです。

ああいうのを習慣化していくのって余程それまで何かないとやれないんです。

と書くと受けたことない人はどんな大変なことなんだろうか?!
滝に打たれるのか?
一日中逆立ちするの?
とか肉体行考えるかもしれませんが
そんなことじゃないです。

さあ、ここで問題なのは

自分で取りに行かない
そのくせ、持ってる人を羨む

さらにいうと、取りに行くための行いを引き受けたくないんですよ。
やりたくないんですよ。
それは切羽詰まってないからとか意外にめんどくさいからとか理由は色々です。


だからね、みなさん
他人に対して
あの人はこれを持ってるからずるい
これやってるからずるいという気持ちが湧くのはいいですけど
それを本人向けるのは違いますよ。

ずるいという気持ちの中に自分は何もしたくない
自分は動きたくない
何もせずして得たい
称賛されたい
というのが潜んでます


僕は言ってますよ

地上は体験が全てってね。

だから、自分で掴みに行かない
人任せ
そのくせ妬むっていうのは
地上にいるのに勿体無い心持ちです。



人は常に進化していく生き物なんです。
なぜなら、神が常に変化し進化しているからです。

人は神のわけ御魂って神道でもいうでしょ?

だから、神の流れと一緒になった方が楽なんです。
わかりますかね?

神の流れをよく見てください。
どう流れてるか
その流れに自分は沿っているか
流れの逆行こうとしてる人もいるし、その場に留まってる人もいます。

地上の人全員が神の流れと共にいたら
地上はすぐ天国ですよ。

菩薩や如来は少なくともみなさんより神の流れをわかってて
みなさんに神の流れはこっちですよって言える人です。

じゃあ、私は神の流れわかる!
私は菩薩!
私は如来!ってすぐ確信するかもしれませんが
そういう称号は自分で確信せずとも自然とついてきますから、称号を気にするなら称号に相応しい自分であってくださいね