アテナが少し触れてくれましたが

自分の欠点や改善点があることと
自分を好きになる、嫌いになるって次元が違うことなんだよね。

全然関係ない、別軸のことをごっちゃにしてる。


そもそも、自分が完璧で一つの欠点もない人間じゃないと愛せないなんてのはおかしい。
素晴らしいから好き
はまだいいとして
素晴らしくないから嫌い、受け入れない
ってのは、その間にいくつもの理論の段階があるよ。



一つ前の日本に生まれた時の過去世や
今世の私の振る舞い振り返ると何回も

私かっこいいわー
男前だわー
惚れるわー
強いわー

ってなる。
なんだろね。

うーん。


こんな女になりたい像
こんな女が好き像が私のそのままなんだ。
欠点とかどうとかその視座でみてない。
わかるかな?
欠点という視点や欠点という名の色眼鏡で私を見てない。

欠点がある→でもすき
欠点がある→それ含めて好き

ではない。
欠点を克服してきた私が好きってわけでもない。

初手から「この女、惚れるわー」
私のコア、姿勢、根っこが好きって感じかなー

だから、自愛の段階って色々あるけど
今の私は「私の根っこに惚れてる」という段階かもね。