昨日、アポロンのメッセージもらったら、私のモードが古代デルフォイモードになったらしく
デルフォイの頃の記憶がまた出てきたんだ。

デルフォイって行ったことある人ならわかると思うが
山のどてっぱらにデルフォイがある。
山頂じゃない。
だから、上↑方向を見ると尾根というのかな
それがわかる。
デルフォイの私はパルナッソスの尾根をなんとなく見たら、重低音の圧を感じて驚いて動揺した。
周り見ても誰も気がついてない。
え?どうして?みんな分かってない?とさらに動揺。
まさか地震か津波が来るのか?とアワアワして私の記憶は終わり。

私はやはりデルフォイの古い巫女だわというのがさらに強化された。
デルフォイはアポロンを祀るところと言われてるけど
アポロン以前からデルフォイはあった。
ヘラやアテナも通ったと言ってた。

昔のデルフォイは山そのもの、土地そのものと繋がるような原始的巫女がいたんだよね。それは日本もそう。
日本なんか神奈備が未だにあるくらい(三輪山がそう)で、人への信仰の前に自然信仰だったんだよね。

それは今も変わってなくて土地のソウルワークって散々言ってるのは、私は人格神に対してのソウルワークよりも土地のソウルワークが主というか得意なんだよね。

どうやるんですか?と聞かれたことあるけど
えー人に教えられないよー

考えるな
感じろ
としか言えない。

土地も生きてるし
呼吸してるし
意識もある。
人ではないけど
生命体としての土地とコンタクトとるのは難しくないと思うのだが…

まあ、苦もなくやれるからソウルワークなんだろう。
だれからも習ってないし
習うことできないものだものね。

実際土地のソウルワークは面白い。同じ山でもそれぞれ個性が違う。
東京の土地もそれぞれ違う。
例えば、私が住む下町はほわほわ。
埋立地だからかもしれないが、ホワホワしてる。
こんなホワホワな土地に下町弁を駆使する「竹を切ったような」人たちが生活してたのだから、バランス取ってたのかなーと考察してみたり。

下町弁話者は少なくなったとは言え、地元商店街歩くと私よりお年を召した方々はまだまだ下町弁使いこなしてるのを耳にする。
この年代がいなくなった時土地のバランスどうなるのかなーとも感じる。
ちなみに、下町弁と標準語、共通語は違うよ。
私は半々くらいかな。
娘に指摘されるからかなり下町弁を矯正した。



銭形平次の大川橋蔵と子分のハチはどちらも下町弁話者。私が幼い頃こういう人があらゆるところにいた。

ね?標準語とは違うでしょ?

この話者たちと土地とのマッチよ。